マレー半島の先端、シンガポールから陸路でマレーシアのジョホールバルへ入り、そこから50kmほどの場所にその森はある。地元の人が “Panti Forest” と呼ぶその森は、正しくは “Gnung Panti Recreatinal Forest” という。“Gnung” はマレー語で「山」の意味なので、いわば「パンティ山自然休養林」といったところだろうか。これを “Panti Forest” だから「パンティの森」と直訳すると、あらぬ想像をしそうで危ない。単に語呂が少し悪いだけだが、バリ島の「キンタマーニ高原」よりはマシである。
私がパンティ・フォレストを初めて訪れたのは、もう20年以上も昔の1994年3月のこと。2日間のうち1日半を雨にたたられ、すぐ次の5月の連休にリベンジに訪れた。以来2000年までに計4回通ったが、4回で途絶えたのは念願のバンカナオオイナズマを仕留めて満足してしまったから。だが、いま改めて考えると、近年マレーシアでも開発によって激減していると言われる平地のジャングルがそこにはある。宿のあるコタティンギの町からタクシーで30分足らずでポイントに行けるのも魅力的だ。4回行ったといっても内2回は雨にたたられ、行った回数ほど十分には採集していない。バンカナだけで満足するにはもったいない。まだまだ私の知らない魅力があるに違いない。
そんなこんなで、今年(2017年)8月、実に17年ぶりの再訪となった。年間を通して高温多雨の熱帯雨林気候とはいえ、自然界には人間の想像を超える季節の営みがあるはずだ。過去は3月と5月だったので、時期を変えることでどんな蝶が待っているか楽しみだ。
パンティ・フォレストへの玄関口となるシンガポールは、日本と同じ島国なのに国境がある。マレーシアとを隔てるジョホール水道に、コーズウェイと呼ばれる全長1km余りの道があるのだ。あえて「道」と呼んで「橋」と言わないのは橋脚がない、つまり土を盛った土手だから。そして、コーズウェイの手前と向こうにそれぞれイミグレーションがある。シンガポールからマレーシアへ行くときは手前のシンガポールのイミグレで出国手続きをして、向こう側のマレーシアのイミグレで入国手続きをしなければならない。
旅行者がコーズウェイを越えるにはタクシー利用が一般的だが、実はチャンギ国際空港で客待ちしている普通のタクシーでは国境を越えられない。越えられるのは国際タクシーだけで、シンガポールではジョホールバル行きのバスが発着するクイーン・ストリート・ターミナルにタクシースタンドがある。こことジョホールバルのコタラヤ2・ターミナル間を結んでいるのだが、ジョホールバルでもう一度タクシーを乗り換えるのも面倒なので、 “Kota Tinggi!” と叫んだらコタティンギまで100シンガポールドルで行ってくれた。もっとも、コタラヤ2までが40シンガポールドルなので、少しぼられたかもしれない。
シンガポールからジョホールバルまでは目と鼻の先のようで、夕方のラッシュに巻き込まれて約1時間かかった。毎日約30万人が通勤・通学などで国境を行き来するとのことで、イミグレは凄い混雑ぶりなので致し方ない。
国境を越えてからもジョホールバル市内の渋滞につかまって、コタティンギまではさらに1時間、合計2時間かかった。
ところで、「イスカンダル計画」というのをご存知だろうか。「イスカンダル」と聞いて「宇宙戦艦ヤマト」しか思い浮かばないそこのあなた! あなたはもはや昭和の時代の遺物となりつつあるかもしれない。イスカンダル計画とは、マレーシア政府がジョホールバルで2006年から展開しているビッグプロジェクトで、30年かけてジョホールバルをシンガポールを凌ぐ規模の巨大都市に仕立て上げようという壮大な計画だ。
今回ジョホールバルは行き帰りとも通っただけだったが、17年ぶりに見るその街の姿は、すでに驚愕の変貌ぶりと言っても過言でない。30年にも及ぶ国家的ビッグプロジェクトともなれば海外投資家からも注目の的で、中国マネーを始めとする巨大マネーがうごめいているらしい。計画の柱の一つに教育産業の振興というのがあって、世界的に有名な私立校がすでに誘致されていて、これを目当てに移住する日本人の子育て家庭もあると聞く。今春、名古屋にオープンしたレゴランドが2012年にアジアで最初にジョホールバルにオープンしたのも、こうした教育熱心なセレブ層を狙ってのことのようだ。
しかし、計画を概観しても、なぜそこに「もう一つのシンガポール」が必要なのか答えは見つからない。そこにあるのは、かつてマレーシアの「辺境の地」「お荷物」として切り捨てたシンガポールが、独立後に大発展を遂げたことに対するマレーシア政府のやっかみと対抗意識、野心と野望があるだけのように感じられてならない。そしてまたぞろ懲りもせず、バブルの崩壊やサブプライムローンの破綻などに何も学んでいないかのように、投資家と呼ばれる人たちがこの地にハイエナのように群がって、制御の効かない過剰投資が繰り広げられている。
ジョホールバルほどではないにせよ、かつてはただの田舎町だったコタティンギの変貌ぶりもかなりのもので、同時にホテル事情も様変わりしていた。かつて日本から予約の取れるホテルなど1軒もなかったが、今ではインターネットのホテル予約サイトで3ツ星ホテルが3軒ヒットする。今回はそのうちで唯一朝食付きの、コタ・ヘリテイジ・ホテルを利用した。最近はガラにもなく4ツ星ホテルなんぞに泊まることもある私だが、4ツ星と3ツ星の違いはプールやラウンジ、バー、ジム、エステなど、私にはとことん関係ないものがあるかないかだけ、と信じていたが、今回少し認識が変わったかもしれない。
今回のホテルで遭遇したトラブルと問題点の数々。「買ってはいけない」というベストセラー本があったのを思い出した。マレーシア29回目の私たちでさえ戸惑ったのだから、初めての日本人ならなおのことかもしれない。
(1) 予約が入っていなかった
インターネットで予約してバウチャーを持参しているのに、なぜか予約が入っていなかった。部屋は空いていたのですぐ取れたが、しょっぱなから不吉な予感。
(2)セーフティーボックスが壊れていた
部屋に入るとツインのはずがダブルだった、なんてことはノー・プロブレムとしても、備え付けのセーフティーボックスが壊れているのはいただけない。フロントに電話したらすぐに来てくれたが、修理に手間取って夕食に出かけるのが遅くなってしまった。
(3)レストランが朝7時になっても開かない
朝食は7時からと言われ、レストランの入口にも7:00-10:00と書いてあるのに、7時に行くとまだ準備が出来ていない。15分ほど待ってようやく準備が整うのだが、この15分が私にとっては死活問題なのだ。ジャングルの採集は午前中が勝負なので、7時でも遅いと思っているのに7時15分は受け入れがたい。
(4)朝食はローカルフード
朝食は一見ビュッフェ方式のようで実はそうでない。好きなものを取ろうにも、品数が少なすぎて選ぶ余地が全くないのだ。これを正しくは「なんちゃってビュッフェ方式」または単に「セルフサービス」と呼ぶ。
メニューはマレーシアのローカルフード。ナシレマック(ココナッツミルクで炊いたインディカ米の飯に、魚醤ベースのピリ辛香辛料サンバルをトッピングしたもの)、ミーゴレン(マレー風焼きそば)、ナシゴレン(マレー風焼き飯)などが2品ずつ日替わりで出され、これが主食。副食は日本人には少し抵抗があるソーセージ1品のみ。1日だけこれがゆで卵に替わった日があった。ただし食塩はないのでこれもサンバルで食べる。デザートは毎日スイカ。この他に、かろうじて食パンは置いてあってトースターもある。バターとカヤジャム(ココナッツミルクに卵と香辛料を加えたマレーシア定番のスプレッド)があり、コーヒー・紅茶も選べる。
以上、私たち夫婦はマレーシアに染まっているので何ら問題なかったが、朝っぱらからエスニックなローカルフードなんてムリ!とおっしゃる標準的な日本人のみなさんは、来る日も来る日もバタートーストとコーヒー・紅茶、それにスイカだけ、という朝食になる。
(5)部屋を掃除してくれない
いろいろ問題のあるホテルだったが、これが一番困った。最初の日も二日目も、夕方に戻ると部屋の掃除がしてない。フロントへ電話してタオルだけは交換してもらったが、綺麗好きの雅恵はブチ切れて機嫌が悪い(←これが一番困った)。
3日目は朝出かけるときにフロントに頼んでおいたのでさすがに掃除してあったが、コンドミニアムじゃあるまいしどう考えてもおかしい。よく見るとドアの横にスイッチがあって、“Don't disturb” とか “Make up room” というボタンが並んでいる。どうやら客がいちいち “Make up room” のボタンを押さないと掃除してくれない仕組みらしい。そんなの聞いてないし、知らねーよ。
4日目の朝は部屋を出るときに忘れずボタンを押したが、どうも様子が変だ。ボタンを押すと廊下のサインが点灯する仕組みのようだが、試しに “Don't disturb” を押すと点くのに “Make up room” はLEDが切れているのか点かない。案の定というか、午後に戻ると掃除してなかった。そもそも、客が何らかのアクションを起こさないと掃除してくれないという仕組みそのものがおかしいと思う。
(6)シャワーカーテンがない
なぜかバスルームにシャワーカーテンがない。要するにあっぱっぱ。ただでさえシャワースペースが狭いのに、お行儀よくシャワーを浴びているつもりでも、どうしてもトイレの床が水浸しになる。
(7)シャワーの湯が途中から出なくなった
1日目・2日目は豊富に湯が出たが、3日目の途中から湯が出なくなり水だけになった。4日目は直っているかなと期待したが、期待した私がバカだった。
(8)主電源を落とすと冷蔵庫も切れる
外出時にカードキーを抜くと主電源が落ちるが、この際に冷蔵庫やエアコンの電源も落ちてしまう。夕方ジャングルから汗だくで帰ると、部屋は暑いし冷やしておいたつもりの飲み物も生ぬるい。でもそんなことより、冷蔵庫に入れておいた採集品の蝶の保管状態が心配だった。
(9)カードキーが1枚しかない
エレベーターに乗るときに、カードキーを読み取り部分にかざさないとボタンが押せない仕組みになっている。にもかかわらずカードキーが1枚しかないため、二人が別行動をとることができない。「先に部屋へ戻ってて」と、うっかりカードキーを渡してしまうと、後から戻るときになってエレベーターに乗れないことに気づく。
(10)部屋に説明書きが一切置いてない
どこのホテルでも部屋には必ず非常口の見取り図やテレビの案内、電話のかけ方などの説明書きが置いてある。どうせ英語だしそんなの見ないと思っていたが、いざこれがないとなると意外に不便なことに気づいた。なにせトラブルの多いホテルで、そのたびにいちいち苦手な英語で尋ねるのが億劫で仕方ない。たとえ英語でも説明書きがあれば少しはマシというもの。そもそも最初は、フロントへ電話するにもかけ方が分からず困った。
(11)なぜか、やたらうるさい
繁華街でもないのに夜遅くまで外でドンチャンやっていてやかましい。朝は早朝まだ暗いうちからコーランの祈りの声が聞こえてくる。ホテルの中は中で、隣近所の部屋で夜遅くまで人が出入りする音や騒ぐ声がするし、何より不思議なのは、早朝あちこちの部屋で音楽のようなベルのような小さな音が鳴り続けているのだ。初めはスマホのアラームが鳴っているのかと思ったが、毎朝あちこちの部屋から入れ替わり立ち替わり色々な音色が聞こえてくる。これは結局最後まで謎だった。
(12)近くにビールを飲める店がない
これは犯罪的である。ホテルの周辺はモスリム街らしく、どこもかしこも酒類を扱っていない。結局、ビールを飲める店まで最短で片道15分歩かねばならなかった。最初の晩も次の晩も、ビールを探し求めて小1時間さまよい歩いた。
帰国後、ホテルの予約を入れたBooking.comから「ご意見をお聞かせください」というメールが届いた。えっ、聞かせて欲しいの? ―― これだけ書いといて何だけど、大人気ないからやめといた。
最後に、もう手遅れかもしれないけれど少しだけフォローしておくと、今まで利用したマレーシアの3ツ星ホテルの中では、新しいこともあって断然清潔で綺麗だった。ベッドも快適。値段も安めで、朝食2人分付きルームチャージで1泊4千円ほど。マレーシアの市中のホテルは、1ツ星や2ツ星はたいてい「旅社」と呼ばれる行商人が泊まるようなタイプで、3ツ星以上ならシティーホテルと理解していた。しかし、今回泊まったところはビジネスホテル風で、以前はこうしたタイプのホテルはなかったように思う。ビジネスホテルだから外国人観光客が利用することなど想定していないし、そもそも連泊することさえあまり念頭にないのかもしれない。さて、フォローになったかな‥?