2023年採集日記(下)


 ベトナムから帰国した2日後の5月7日(日)、昼前から原因不明の微熱が出た。念のため手元にあった抗原検査キットで検査したが陰性。明日から仕事へ行くのが嫌で身体がぐずってるな、ぐらいに考えることにして、この晩は早めに寝た。

抗原検査「陽性」
抗原検査「陽性」

 翌朝、ベッドから立ち上がろうとすると尋常でないめまいとふらつきを覚え、壁伝いでやっとトイレへ行った。熱を測ると40.1度。あらためて抗原検査をすると、さも当然のようにはっきりくっきり「陽性」と出た。後から思えば、新型コロナは感染してからしばらくしないと陽性にならないと聞いた気がする。

 5月8日からコロナが5類に移行し、全額公費負担から保険適用扱いに切り替わったその日の朝9時00分にコロナで医者にかかったお間抜けな患者第1号とはこの私のこと。その後3日間高熱が続き、3日目の夜にようやくわずかに38度を下回ったと思ったら、翌朝には嘘のように平熱に戻っていた。

書斎の床にエアマットを敷いて…。
書斎の床にエアマットを敷いて…。

 療養中は家庭内隔離のために書斎の床に車中泊用のエアマットを敷いて寝起きし、食事は雅恵が部屋の前まで運んでくれた。書斎のクローゼットには車中泊用グッズとしてひと通りの生活用品が揃っているので不自由はなく、PCとスマホで仕事もこなしながら、トイレと風呂以外は部屋から出ることなく過ごした。

 狭い部屋で過ごしたために、1週間後に社会復帰した時には劇的に脚力が弱っていて、歩くことさえ辛く感じた。そのうえ後遺症と思われる喘息のような咳が続き、これが通勤バスの中で出ると周囲の視線が痛くて途中下車したい衝動を覚えた。

 ひどい咳は1か月以上も続き、仕事には仕方なく行ったが、とてもじゃないが採集に行く元気はなかった。

雅恵が運んでくれた食事の数々。
雅恵が運んでくれた食事の数々。
同左。
同左。
同左。
同左。


■ 6月18日(日) 岐阜県中濃地方のキマダラルリツバメ

キマダラルリツバメ ♀(トラ型。H君採集))
キマダラルリツバメ ♀(トラ型。H君採集)

 昨シーズン知り合った大学生のH君と、今年は岐阜県中濃地方のキマルリへ行く約束をしていた。コロナから社会復帰して1か月。まだ後遺症に苦しんでいたが、そろそろリハビリを兼ねて採集に行くことにする。

 当地は90年代に足繁く通った場所からほど近く、四半世紀が過ぎてかつてのポイントは採れなくなったようだが、旬なポイントが他にあると知ってこの日を楽しみにしていた。

 ポイントは傾斜もなく足元も良いのでリハビリにはうってつけだったが、いかんせんこの時期としては珍しくカンカン照りのドッピーカン。朝から暑くて少し叩いてはすぐに休憩していた。午後からはH君が熱心に梢を叩くのを風通しの良い木陰から見ているだけの状態となった。

 それもこれも夕方にきっと訪れるであろう「嵐のようなテリタイムに備えて体力温存」という言い訳だったが、天気が良すぎるせいか、いつまで待っても飛ばない。

 夕方5時20分頃、やっと飛んだ! 一瞬の卍飛翔のあと1♂を採集した。待ちに待ったテリタイムの始まりである。

 と思ったが、なぜかそれっきり。それっきり飛ばないのだ。ほんの10分ほどだったろうか。しかも採集した♂はそこそこのスレ個体。天気が良すぎてテリタイムがなかったのか、時期遅で♂がいなかったのか。いずれにしても肩透かしに終わったが、リハビリ第一弾としては軽い運動で終わってかえって良かったかもしれない。負け惜しみにしか聞こえないだろうが、そういうことにしておこう。

[記録]2023年6月18日(日) 同行者 H君

岐阜県中濃地方某所 キマダラルリツバメ 1♂(H君 1♂7♀、内2♀トラ型)

 


■ 6月20日(火) 滋賀県長浜市のフジミドリシジミ(1)

 この日は天気予報が良かったので、ヒサマツ狙いで長浜市のいつものポイントへ行く予定だった。朝のうちに用事を1件済ませ、その足で午前10時ごろから高速を西に向かって車を走らせながら、ふと迷いが生じた。

 思ったより天気が良くない。というかドン曇りだ。ヒサマツは日照がないと厳しい。それならいっそ、2日前に行った中濃のキマルリへもう一度行ってみようか。快晴の日にキマルリへ行き、ドン曇りの日にヒサマツへ行ったのではただの笑い者だ。そうだ、今日は予定を変更して中濃のキマルリへ行こう。一宮JCTで真っすぐ行かずに東海北陸道へ入ればいい。

―― いやいや、ちょっと待て。2日前で時期遅だった可能性があるのに、今日もう一度行っても、もう一度こけるだけだろう。

―― いやいや、あれは時期遅ではなくて、天気が良すぎて♂が飛ばなかっただけだ。今日ならきっと飛ぶ。

―― そういって飛ばなかったらどうすんだよ。

 そんな堂々巡りを、高速を飛ばしながら一人で頭の中でやっていた。

 だめだ、早く決めないと、もうすぐ分岐の一宮JCTだ。一宮JCTまで2kmの標識を見て、焦りがMAXに達した。

 その時だった。進行方向西の空に目をやると、伊吹山の向こうの空に入道雲の痕跡のようなものを認めた。濃尾平野は一面ドン曇りだが、伊吹山の向こうはきっと晴れている! 分岐3秒前でやっと行き先が決まり、そのまま真っすぐ車を走らせた。行く前からどっと疲れた。 

◇ ◇ ◇

 現地に着くと、雲が多めながら時々日が差す、この時期としてはありきたりの「曇り時々晴れ」の天気だった。幸先よく羽化したてのフジミドリ♀が採れたので、読みどおりヒサマツはちょうど発生初期で鮮度の良い♂が採れそうだと手ぐすね引いて待っていたが、いっこうに現れない。そうこうするうちフジミドリが飛び始めて、意外と数が多い。鮮度も良さそうだ。しかし、フジは飛んでばかりで止まらないのでなかなかネットに入ってくれない。こうしてヒサマツ狙いのはずがいつしかフジに夢中になっていた。結局ヒサマツは見ず、フジミドリ3♂1♀すべて完品の成果。迷った挙句ここへきて、結果オーライだったかもしれない。

ブナの葉上でテリを張るフジミドリシジミ ♂
ブナの葉上でテリを張るフジミドリシジミ ♂

 この日のポイントで、ずっと向こうの長竿が全然届かない場所でフジがテリを張っているのを見つけた。カメラを向けるも遠すぎてピントを合わせるのは至難の業だったが、かろうじてピントの合ったものが何枚かあった。残念ながら、手前の葉っぱか何かが写り込んで台無しだった。残念無念!!

[記録]2023年6月20日(火) 同行者 なし

滋賀県長浜市 フジミドリシジミ 3♂1♀

 


■ 6月24日(土) 滋賀県長浜市のフジミドリシジミ(2)

テリ活動中のフジミドリシジミ ♂
テリ活動中のフジミドリシジミ ♂

 この日こそはヒサマツ狙いだったはずが、気づけばまたしてもフジミドリに夢中になっていた。

 着いてまもなく、まだ11時20分というのにブナを叩いたらフジが2頭飛んだ。この時間帯はまだ活動前なので飛び方は弱々しく、すぐに止まって幸先よく1♂ゲット。意外に鮮度が良い。

 この日も曇り時々晴れの天気だったが日が陰ると決まって風が出て、少し寒く感じたと言うと大げさだがやや低温だった。そのせいか4日前より見かけるフジミドリの数はずっと少なかったが、活動が不活発で飛び方は遅くネットに入る確率は高かった。現地ではそこそこ鮮度が良いと感じたが、帰宅後に4日前のものと比べるとさすがにだいぶ擦れていて、まずまず奇麗なのは1♂だけだった。

 この日も遠くのブナでテリを張る個体を見つけてカメラを向けたが、遠すぎてまともな写真は撮れず。ただ、曇っていても当たり前のように開翅していた。

 フジミドリに夢中になっていて帰りが遅くなった。夕方5時過ぎに山を下り始めてすぐ、辺りが思いのほか暗くなっていることに気づいて歩みを速めた。とその時、20mほど先の茂みで突然ガサガサッという音がして、大きな動物が斜面を駆け下っていった。姿は見えなかったが、その重量感から大きなシカかカモシカと、その時は思った。

 車へ戻って帰り支度を整え、発進してすぐだった。最初のカーブを曲がったところで林道の前方に子熊がいた。子熊はすぐに林道わきの茂みに逃げ込み、その場所で車を停めた時にはすでに姿はなかった。親熊がいるとまずいので、車を降りるのはやめてそのまま発進した。

 しばらく行くと、前方にまたしても子熊を発見! 今度は子熊が林道上を走って逃げるものだから追いかけるつもりはなくてもどんどん追いついてしまい、はっきりとその姿を捉えることができた。ドラレコの映像をYouTubeにアップしたので貼っておく。

 ちなみに1頭目と2頭目は距離にして3~4kmあり、明らかに別個体だがきょうだいの可能性はある。ツキノワグマは冬ごもり中に同時に1~2頭の子どもを産んで2年目の夏まで子育てし、子熊はは1歳半で母親から離れて自立するという。今回見た熊はちょうど自立したばかりと思われる。

 ここでふと、先ほど斜面を駆け下りた動物のことを思い出していた。シカかカモシカとその時は思ったが、もしかしたら熊だったのではないか。当地にはこれまで何度も通っているが、シカもカモシカも見たことがない。シカがいれば糞や鳴き声などの痕跡があるが、それもない。カモシカの場合、20mも離れているのに突然走り出すことは普通ない。そして何よりも、熊が一番よく活動するのは早朝と夕方の時間帯である。臆病者で用心深い私はいつもはこの時間帯は避けて行動している。しかも大きな熊鈴を2つ着けて歩いているが、この日に限って熊鈴を持参し忘れたのだった。

[記録]2023年6月24日(土) 同行者 なし

滋賀県長浜市 フジミドリシジミ 5♂

 


■ 6月25日(日) 長野県木曽地方のキマダラルリツバメ(1)

 H君と、木曽谷のキマルリを採りに行こうという話になっていた。信頼できる筋から旬なポイントを教えていただいていて、行けば確実に採れそうだった。

 木曽谷は70年代終わりから90年代にかけて私にとってのメインフィールドで、キマルリに関しても90年代に何度も通った。だから教えてもらったポイント以外にも、昔の懐かしいポイントの何か所かへ行ってみようと考えた。

 ところがである。当時の記録と記憶を頼りにGoogleマップのストリートビューを見てみるが、どうもサッパリ場所が特定できない。どうやら景観が変わりすぎて記憶が蘇らないようだ。桑で発生している場合はともかく、桜の場合は学校や神社など容易に場所を特定できそうなものだが、それがそれが、なかなか…。

 この日、実際に現地へ行って合点がいった。30年前の桜の発生木はすでに枯れて存在しないのだ。当たり前田のクラッカー(←こんな50年前のギャグもすでに存在しない)。ソメイヨシノの寿命はわずか60年とも言われている。しかも桜はたいてい一斉に植えるので一斉に寿命が来る。立ち枯れが目立ち始めると最初は1本、2本と伐っていたかもしれないが、そのうち全部まとめて伐採されて跡形もなくなる。古い切り株が点々と残っていた場所もあった。なかには更新されて新しい桜が植わっていた場所もあったが、発生木になるには木がまだ若いと思えた。

クリはいい感じで咲いていた。
クリはいい感じで咲いていた。

 そんなこんなで、昼前には早くも教えてもらったポイントに来ていた。この日も中濃の時と同様に朝から思いきり天気が良くて暑くて、少しだけ叩いたが飛びそうな気がしない。そこで叩き出しは若い者に任せることにして、風通しの良い木陰で地面にシートを敷いて昼寝したりしていた。

 そうこうするうちに、H君が叩き出しで1ペア採ったという。エラい! というのも、事前の情報ではフライングの可能性があるというので心配していたのだ。来てみるとクリの花はいい感じで咲いていたが、実際に採れるまでは安心できなかった。出ているとわかれば後はテリタイムまでひたすら待つだけだ。

オイオイ、叩くんじゃないのかい。

だって、まだ体調が万全じゃないんで、体力温存だよ。こんな暑い中、叩いてられないって。

単にやる気がないだけだろう。

そうとも言う。

 というわけで、いつどこを飛ぶともわからないキマルリを見逃すまいと、ひたすら目を凝らして待ち続けた。

 いた! ずっと向こうの低木のほうに向かって、小さな何かがこちらから飛んでいった気がした。行ってみると、地上1.5mほどの低木にぺたりと貼り付くようにしてキマルリがテリを張っていた。楽勝。極めて新鮮な個体だった。この後、待ち望んだ嵐のようなテリタイム!はやって来なくて、発生初期なのか数は少なかったが、先ほどと同じ低木や地面すれすれを飛び回って草に止まるものなど何とか4♂を仕留めた。テリタイムは16時45分から太陽が山の端に沈む17時40分までの1時間弱。前回の10分のことを思えば充実のひと時だった。

[記録]2023年6月25日(日) 同行者 H君

長野県木曽郡上松町 キマダラルリツバメ 4♂(H君 6♂1♀)

 


■ 7月2日(日) 長野県木曽地方のキマダラルリツバメ(2)

 1週間後、今度は場所を変えて少し発生の遅い場所を探す。まずは過去のポイントを訪ねてみたが、先週と同じく様子が激変していた。この日は桑を中心に探したが、桑は桜よりもさらに悲惨である。もともと桑の場合、畑の周りや雑木林の縁などに飛び火して自生しているような木で発生しているケースが多かった。そんな木はすぐに邪魔者扱いされて、30年も経てば残っていないに決まっている。なくなってしまうと、どこにあったかなんてもうわかるはずもなかった。

 すでに跡形もない30年前のポイントを探し訪ねるより、新しい場所を開拓したほうが早いかもしれない。ようやくそのことに気づいて、現地の見立てで良さそうな場所を叩いて回る。しかし、この日もまた輪をかけたようにギンギラギンのカンカン照りで、キマルリを叩き出しで採るには厳しい日だった。

 それにしても、この時期キマルリで3週連続ドッピーカンっていったいどういうことよ。もしかして相棒のH君が晴れ男か? いやいや、春のギフチョウの時は特に晴れなかったし、昨年の南信のキマルリの時は2週連続で雨にたたられた。

 ともあれ何とか有望と思しき場所を見つけたが、叩き出しでは出なかった。こうなるとテリタイムをどこで迎えるかが悩ましい。先週のポイントはもう時期的に遅いと予想していたが、nullよりましと思って舞い戻ってしまった。

 16時30分、先週より少し早いが思いがけず薄雲がかかり始めてテリ開始。先週テリを張った低木付近で待つが、最初にチラッと来ただけでその後は来ない。どうやら日照があるのとないのとでテリを張る場所が違うらしい。そのことに気づいてすぐに場所を変える。なにしろテリタイムが短いので1分1秒でも無駄にしたくない。

 低木混じりのやや開けた広い空間の低い場所でテリを張っていた。周囲を2-3頭飛んでいるが、日照がないせいかなかなか止まってくれない。飛んでいる高さは地上1-2mなので、止まらなくても飛翔中を仕留めようと試みるが、トゲ植物と「ひっつき虫」にネットをとられて悪戦苦闘。しかしよく観察していると、飛んでばかりのように見えて時々いなくなる。きっとどこかにとまっているに違いない。飛翔中の個体を目で追っても速すぎて追いきれない。そこで発想を変えて、テリを張りそうな灌木の良く目立つ枝先をルッキングで探すと・・いたっ! 

ネットの枠にとまるキマダラルリツバメ ♂
ネットの枠にとまるキマダラルリツバメ ♂

 この方法で何とか成果が出て、3-4頭採った時だった。周りの灌木を舐めるようにチェックする私の視界の片隅に・・おや? 手にしているネットのフレームにいつの間にかキマルリがとまっていた。ここでテリを張るつもりらしい。どうにかして採る方法はないものか思案するうちに飛び去ったが、しばらくして気づくとまたとまっている。よほどお気に入りのようだ。これにはさすがにほっこりして、「採る」のを諦めて「撮る」ことにした。それにしてもあまりにも逃げないので、最後は手づかみで採った。

 この後、17時00分頃から再び日照が戻るとピタッと飛ばなくなった。こんなはずはない、まだ飛ぶに違いないと、その場でひたすら飛ぶのを待ってしまったのが失敗。きっと他の場所で飛んでいたに違いない。

 太陽が山の端に沈んだ17時45分、飛ばないので諦めて撤収しようと移動しかけたところで3頭がもつれ飛ぶ場面に遭遇。全然とまらないうえに目まぐるしい速さで飛び回り、手も足も出ない。しばらく目で追っていたが、思い切って振ったら見事2頭同時に入った!

 やるじゃんオレ。まだ若いもんに負けてないぞ、と一瞬思ったが、ネットの中をよく見たらトラフシジミだった。

[記録]2023年7月2日(日) 同行者 H君

長野県木曽郡上松町 キマダラルリツバメ 5♂(H君 6♂1♀) トラフシジミ 3♂

 


■ 7月7日(金) 福井県大野市のクロシジミ(1)

 当地のクロシジミはずいぶん前から情報を得ていて、一度行ってみようと思いつつ月日が過ぎてしまった。H君と一緒に行く約束だったが天気と互いの都合が合わず、平日のこの日、私だけ仕事を休んで「下見」と称して抜けがけした。

 それにしても、今どきの大学はおいそれと授業をサボるわけにはいかないらしい。私は仕事柄、大学の先生方に講演をお願いすることがよくあるが、日程が大学の講義と重なると、決まって「休講にできないから」と断られる。私たちの時代は学生は授業なんぞサボりまくりだったし、休講の多い先生は逆に学生から人気があった。時代が変わったと言えばそれまでだが、窮屈な世の中になった。

クロシジミ ♂
クロシジミ ♂

 話がそれたが、クロシジミは発生期間が長く、発生前半から♀も出ていると誰かに聞いた気がする。実際この日は午後からはテリ活動中の♂ばかりが目についたが、午前中は♀も多かった。午後から出てきた♂は非常に鮮度が良く、発生初期から前半を思わせたが、それでも♀の中には少し傷んだ個体も混ざった。

 個体数は全体的にそこそこ多く、午後にはそこかしこで♂がテリ活動をしていた。その様子はゼフやキマルリのそれと似ていると言えば似ているが、決定的に違う点が一つある。活発なテリ活動をしていて個体数が多いにもかかわらず、卍飛翔や追尾飛翔にならない。その原因は、♂たちが広範囲に散らばってテリを張っており、自分のテリトリーを行儀よく守って隣近所へちょっかいを出しに行かないからだ。だからテリ活動中の♂を採集して主のいなくなったその場所へ、次の♂がやって来るのを待っていてもちっとも来ない。♂同士が無用に争うことのない、実に平和な社会と感じた。

[記録]2023年7月7日(金) 同行者 なし

福井県大野市(旧和泉村) クロシジミ 多数

 


■ 7月16日(日) 福井県大野市のクロシジミ(2)

クロシジミ ♂
クロシジミ ♂

 前回は♀も普通にいたが発生前半と考え、あれから9日経っているがまだ十分間に合うと踏んで今度こそH君を連れてきた。

 採集者が1人入っていたが、ポイントは広いので3人でも散らばれば問題ない。そのうえ前回より個体数は増えていて倍増した印象だった。当然のことながら♂♀とも傷んだ個体もいたが、♀は羽化直後と思われる個体も多く十分な成果となった。

クロシジミ♀と卵とクロオオアリ
クロシジミ♀と卵とクロオオアリ

 ススキに静止するクロシジミ♀を何気なく撮影し、あとで画像をよく見ると下のほうに卵が産みつけられていた。かなり無造作にあちこちに産卵するらしい。

枯れ枝に静止するクロシジミ ♀
枯れ枝に静止するクロシジミ ♀

 ♂♀とも枯れ木や枯れ枝に好んでとまる。何をしているのか不思議だが、裏面の模様が保護色になっているので、もしかすると身を隠しているのだろうか。


[記録]2023年7月16日(日) 同行者 H君

福井県大野市(旧和泉村) クロシジミ 多数

 


■ 7月17日(月祝) 三重県鈴鹿山系のキリシマミドリシジミ(1)

 H君がキリシマミドリが飛ぶのを見たことがないと言う。採卵経験はあって標本は持っているが、成虫採集に行ったことがないらしい。それは残念だ。日本産ゼフィルスの中でも、キリシマミドリの飛翔の美しさは群を抜いている。夏の強い日差しを浴びてキラキラと輝きながら渓谷を飛ぶ様は「空飛ぶ宝石」と呼ぶにふさわしい。

 そこでH君と一緒に鈴鹿へキリシマを採りに行こうという話になったが、それがなぜかこの日も私一人で「下見」に来てしまった。H君が採卵したという場所を教えてもらったので、その場所を中心に探そうという魂胆である。

 来てみて驚いた。一面のアカガシの純林というのを初めて見た。すごい数のキリシマがいそうな気がするが、そんなことは全然なくて、アカガシを叩きながら歩くがチラッとも飛ばない。あらかじめ地形図上で目星を付けておいた2か所の沢をチェックするが、そこに限って植林が進んでいてアカガシが少なくあてが外れた。でも雰囲気は良さそうなので未練たらしく粘っていると、飛んだ! 沢の向こうに1本だけ残っているアカガシからキリシマが飛び立ち、ほんの2-3秒で視界から消えた。

 そこへ親子連れらしい採集者がやってきた。聞けばさっきこの場所で1♂採ったという。朝早かったせいか地面に降りていたらしい。なんという引きの強さ。誰かと違ってよほど日頃の行いが良いのだろう。

 気を取り直して他を探す。他にも良さそうな場所はあったが叩いても飛ばず。そうこうするうちに気温がぐんぐん上がって猛烈に暑くなってきた。まだ午前10時30分というのに、あまりの暑さのため木陰で小休止。のはずが、少し休んだらもう動きたくなくなった。コロナから回復して2か月にもなるのに、実はまだ後遺症で体調が万全でない。ていうか、あまりの暑さで飛びそうな気がしないし、これじゃあ全くやってられない。

ギラギラに晴れて、この世の地獄のような暑さ。
ギラギラに晴れて、この世の地獄のような暑さ。

 気づけば1時間以上休憩していた。こうしていても仕方ない。もともと下見なので、採れなくてもいいから違う場所へ行ってみよう。そう思いたって尾根道へと向かう。尾根道を選んだのはさしたる理由もなかったと思うが、標高がある分少しは涼しい風が通るかもしれない、ぐらいのことは考えた。

 実際はどこへ行っても山塊ごと熱波の底にあるようで、セミさえもが押し黙るような暑さだった。樹冠を飛ぶアオスジアゲハが一瞬キリシマミドリに見えて身体がピクリと反応した時点で、このままでは脳ミソが煮えそうなので、まだ時間的に早いがやめて帰ることにした。

[記録]2023年7月17日(月祝) 同行者 なし

三重県いなべ市大安町 キリシマミドリシジミ null

 


■ 7月23日(日) 三重県鈴鹿山系のキリシマミドリシジミ(2)

 鈴鹿の山は東は伊勢湾の海が近く、西は紀伊山地の深い山並みに連なっているので夏でも比較的涼しいと、いつか誰かから聞いた覚えがある。実際、湯の山や朝明渓谷、宇賀渓など、山の入口で標高も低く都会からも近い場所なのに、夏の涼しさで古くから行楽地として賑わってきた。

 それがそれが、先週の鈴鹿は標高のある尾根でさえ、涼風が吹き渡るどころか太陽が間近でジリジリと照り付け、山塊全体が熱波に覆われているような暑さだった。

 それと比べればこの日はだいぶマシだったが、それでも本来の鈴鹿と比べれば異常と呼ぶべき猛暑だった。採集者の数は先週より増えていたが、キリシマの数は増えていないようだった。いないのか飛ばないだけなのか、暑くて飛べないのか…?

 採集者同士が出会った時の挨拶は「どうですか?」「採れますか?」が定番と思っていたが、この日は申し合わせたように「見ましたか?」に統一されていた。

渓流の岩に口吻を伸ばすウラギンシジミ ♂
渓流の岩に口吻を伸ばすウラギンシジミ ♂

 そんな中で私は3つ見ていた。しかし、3つとも叩いて飛んだとかテリっていたとかではなく、遠くの樹上や林間を飛ぶのをチラッと見ただけだった。だから最後の最後にこんなヤツが出てくると、もしかするとあれはウラギンシジミの見間違いだったのではないか?という自己猜疑に悩まされるのであった。なにせ、先週はアオスジアゲハを見間違えたぐらいだから…。

 この日は友釣りトラップを試作して持ち込んだ。「キリシマホイホイ」と命名し「もう採ったも同然!」と独りでほくそ笑んだりしていたが、結果は何の効果もなし。

 まあ、いないものはどうしようもないってことでしょう。

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[記録]2023年7月23日(日) 同行者 H君

三重県いなべ市大安町 キリシマミドリシジミ null