失礼ついでに、もう一発、H氏の話を。
以前、何かの本で読んだが、タイのある地方では今でもセミを食べるという。こういうふうに書くと、「やっぱり向こうの人はね」なんて偏見をあらわにする人がいそうだが、それならイナゴやハチノコを食べる日本人は、どうひいき目に見てももっと野蛮だ。セミは殻ばかりなので、乾燥させてすりつぶして粉末にするなり、はたまた唐揚げにしたってディープ・フライドなら食えないことはなさそうだが、イナゴは内蔵がいっぱい詰まっているし、ましてハチノコはウジ虫だ。日本人がウジ虫を好んで食べるなんてことは、どうやら外国の人には内緒にしておいたほうが良さそうだ。
さて、再び南タイのラノンでのこと。確か大晦日の晩だった。空き地に屋台が沢山出て、お祭り騒ぎをやっていた。ビールを飲みながら何か美味い物を食べようと、あちらこちらの屋台を物色していると、赤やら黄色やらのいかにも辛そうな料理が並ぶ中に、何と、ひときわ色鮮やかな黄緑色のセミが混じっているものがあった。
「セミや、セミや」
なぜか、妙にはしゃぐH氏。
「これが例のヤツか」
私は独りしたり顔だったが、それにしてもセミは限りなく「生」に近い状態で和えてあるだけのようで、私の想像した粉末や唐揚げとは、まるで次元の違う状態だった。当然のことながら、これはとても食える代物ではないと思った。
ところがである。よせばいいのにH氏が、これを食うと言いだした。
「ニー、ニー(これ、これ)」
いつものように、慣れた物腰で指を指して注文する。
するとどうだ。屋台のおじさんは、鬱陶しそうにセミを箸でひとつひとつよけたあとで、おもむろに料理をよそい始めるではないか。何だ、セミは食い物ではなかったんだ。どうやら、屋台の蛍光灯に集まって来たセミが、単に料理の汁の中に墜落しただけと判明した。よく見ればセミは羽が付いたままだし、中にはまだ死にきれずに腹をヒクヒクやっているものもいる。(さすがに鳴いているヤツはいなかった。)
まったく拍子抜けした話だが、それにしても、墜落するときにセミが小便をタレたであろうその料理を、氏はさも美味そうに食べた(かどうかは記憶が定かでない)。