このあたりで懐かしいN氏に登場願おう。N氏とは、BUGの元会長と言うよりもBUGという会を作ったその人であり、しつこいようだが私をこの世界に引きずり込んだその人だ。
当時、氏はタイに相当に心酔しており、すでにタイ語の日常会話をかなりマスターしているほどだった。氏に誘われてタイへ行った帰り、トランジットで台湾の台北空港に立ち寄ると、空港の免税店は日本人観光客で溢れていた。
ふと気付くと、ビーフジャーキーに似た干し肉の売り場に長い行列ができており、その列の中にN氏がいた。行列の人垣はみな日本人だ。売り子の女の子は、流暢な日本語でてきぱきと客をさばいている。ようやくN氏のところに順番が来た。
と、その時、さっきまであんなに流暢に日本語をしゃべっていた売り子嬢が、急に英語でペラペラまくし立ててくるではないか。長身で真っ黒に日焼けしたN氏を見て、日本人に見えなかったに違いない。
「マイ カオ チャイ(分かりません)」
驚いたN氏の、とっさに口をついて出た言葉は、何とタイ語だった。
― あのな、ここはタイちゃうねんで、タイワンやねんで。
一方、件の売り子嬢は目をパチクリ。しかし、当のN氏は自分が言ったことが何だったのか、どうも分かっていないらしい。この後、氏が無事に干し肉を買えたかどうかは記憶にない。