腹の立つ話のあとは、心温まる話をひとつ。
南タイのラノンは、ミャンマーとの国境に近いひなびた港町だが、町外れで温泉が出るため1軒だけ小綺麗なホテルがあり、しかもホテルのすぐ裏手でアンフリサスキシタやホソバジャコウアゲハなどが観られる。
H氏とこの地を訪れた時のこと。「プニヤバーンの滝」というのが近くにあることをTSU・I・SOか何かで読んで知っていて、それがどこにあるかも分からないまま、とにかく行ってみようということになった。ホテルの前にいた白タクのバイクに、
「ナム トック プニヤバーン」
と言うと、すぐに通じて交渉成立。オンボロバイクに3人乗りで出発する。意外に距離があるうえアップダウンが結構きつい。下り坂では猛烈にスピードが出るので、必死でH氏の背中にしがみつく。相当怖かったが何とか無事着いて、この日はたっぷり一日採集を楽しんだ。
辺りに暮色が立ち込め始め、そろそろ帰ろうという段になり、我々はハタと困った。帰りの足がないのだ。行くことばかりに夢中になっていて、信じ難いことに二人とも帰りのことを全然考えていない。店が1軒あるほか周りに何もない寂しい所で、時折、忘れたころに車が1台通るだけだ。こんな場所に、間違ってもタクシーなんか通るわけがない。そう思って二人途方に暮れていると、うまい具合に向こうからタクシーがやって来るではないか。道へ飛び出して必死に停める。
しかし、我々が停めたその車は、実はタクシーではなかった。タイの田舎へ行くと、タクシーといってもみんなハイラックスやダットラの荷台にホロを掛けただけのものなので、本物のトラックがそういういで立ちでやってくると我々には見分けがつかないのだ。
謝って立ち去ろうとすると、トラックの若い夫婦連れは親切に行き先を聞いてくれた。タイの田舎では珍しく、流暢な英語を話す。ホテルの名前を言うと、乗れと言う。喜び勇んで飛び乗りたいところだが、実は荷物が離れた場所に下ろしてあったので、これを取りに行かねばならない。慌てて走って取りに行き、戻ってくるまで途方もなく時間がかかったような気がした。相当待たせた。しかし、ちゃんと待っていてくれた。ホテルの広い前庭を横切り、玄関へ横付けで停めてくれた。いくらかの金を払いたかったが、受け取ってくれなかった。丁重に礼を言いたかったが、気の利いた英語なんか持ち合わせているはずもなかった。