さて、話は変わってここからは、何かと不便、不快、不安と三拍子そろっていたりするジャングルでの採集を、少しでも快適なものとするための「生活の知恵」について書いていきたい。まずは、食べ物・飲み物編から。
Q13 ジャングルで冷たい水を飲むにはどうするか?
【解 説】
国内の採集と違ってジャングルには自販機もコンビニもないので、当然飲み物はあらかじめ持参する。マレーシアでもタイでも、町じゅうどこにでもペットボトルの水を売っているので、まずはこれを買い込む。日本人はペットボトル入りの水は“ミネラルウォター”と信じて疑わないが、向こうでは自信満々“100%レインウォター”なんて書かれていたりする。
さて、そこで問題。ジャングルは猛烈に暑くて湿度が高いので、汗がダラダラ流れる。こんな時、キリッと冷えた生ビール♡なんてあったらこの世の極楽なのだが、あるはずもない。せめて生ぬるい水でなくて冷たい水を飲みたいと思うのが人情なのだが、それにはどうすればよいか? ホテルの冷蔵庫で冷やしておいたペットボトルの水は、たとえペットボトルホルダーに入れておいてもすぐにぬるくなってしまう。そこで、
これくらいのことは誰でも思いつくのだが、
― では、正解は?
小型のステンレス製水筒に氷だけ詰めて持っていき、飲む時にペットボトルの水を水筒に注いで飲むとキュンと冷えた水が飲める。しかも、その都度飲み切りにして水筒の中に水を残さないようにすると驚くほど氷のもちが良く、この方法で1リットルの水を飲んでも夕方まで氷が残る。氷の調達はホテルで朝食をとる時にボーイに水筒を手渡して、
「アイスキューブ プリ-ズ」
これで大丈夫。高級ホテルでなくとも、3ツ星程度の中級ホテルでもこれくらいのサービスはしてくれる。
Q14 水以外の飲み物は何が良いか?
【解 説】
大きなお世話と思われそうだが、そうではない。ジャングルでは汗をいっぱいかくので、塩分補給が大切なのだ。マレーシアでは“100PLUS”という銘柄のスポーツドリンクが売られているのでこれを買っておくか、もしくは日本から粉末のポカリスウェットを持参する。
塩分補給に細心の注意を払うか否かで採集成果に大きな差が出る。このことは以下の実例で経験に基づいて解説する。
【実例1】驚くべきスポーツドリンクの効能
日ごろストレス社会で生きている日本人にとって、熱帯地方には特有の、どこか怠惰でのんびりした空気と亀の歩みのようなゆったりした時間が流れている。タイやマレーシアに通い始めたころの私は、日常のストレスから開放され、この熱帯特有の空気にドップリ浸かれることこそが熱帯最大の魅力であって、採れる採れないは二の次くらいに思っていた。
張り切って採集しているのは1日目だけ、2日目には早くもミスネットが目立ち始め、3日目にしてすでにあくせく採集するのが馬鹿々々しく感じるようになる。4日目ともなると観ているだけで幸せな気分に浸れるようになり、物を考えるのさえ億劫で、熱さに身を任せてボーッとしていることに不思議な幸福感を覚えるようになる。暑さに身も心も溶けてしまいそうで、「あくせくした日常から脱却し、人類発祥の母なる熱帯の風土に精神が帰依し、肉体が昇華するのだ」などと訳の分からぬことを口走ったりしていた。こうなると完全にビョーキである。
そんなある時、何気なく口にしたスポーツドリンクが、身体中の毛細血管にビンビン染み渡っていくのを全身全霊で感じた。と同時に、身体中にエネルギーがフツフツとみなぎり、萎えていた気力がズンズンと頭をもたげ、トロンとしていた瞳孔がカーッと見開かれた。正にポパイにホウレン草、じっ様にバイアグラ(例えが悪い)。それまで心の桃源郷と信じて疑わなかった熱帯特有の空気の正体とは、単なる塩分欠乏症による無気力症であることに、この瞬間ようやく気付いた。
【実例2】塩分欠乏症 ― その意外な原因
現地でよく観察していると、タイ人もマレーシア人も日本人と違ってほとんど汗をかいていないことに気付く。それだけ身体が熱帯の熱さに適応しているということなのだろうが、そのためか、現地の食事は日本では考えられないほど塩分控えめに調理されている。香辛料や香草をふんだんに使っているため、なかなかそのことに気付かないのだが、ここに落とし穴がある。我々日本人は昼間いっぱい汗をかいているのに、食事で塩分を補給できないとなると体内の塩分が一気に失われてしまうのだ。ホテルのレストランのように外国人向けの味付けがされている所は問題ないかもしれないが、私のように現地の人と同じ食堂を好んで利用する者は要注意である。
味噌、醤油、漬物、佃煮といった塩分を大量に使う日本の伝統食品は、日本の暑くて湿潤な夏場における腐敗防止と、冬場の保存食としてこれまでもっぱら評価されてきた。しかし私はこれに加え、四季があるため夏の暑さに身体が適応しきれていない汗っかき日本人の体質に適った食品、という評価がなされるべきだと思っている。
あるとき、このことを行きつけのラーメン屋のマスターに話したところ、「ホントその通りなんですよ。日本人には体質的に塩分が絶対必要なんです。一時期『減塩ブーム』でラーメン屋は肩身の狭い思いをしましたが、あれはエコノミック・アニマルである日本人のやる気を萎えさせようとする、アメリカの陰謀なんです!」と、真顔で力説しておった。
Q15 昼の弁当はどうするか?
【解 説】
高級ホテルなら頼めばランチボックスくらい作ってくれるだろうが、暑い所であんまりややこしいものは食べる気がしないし、だいいち食あたりも心配だ(私の場合、そもそも高級ホテルに泊まっていないという根本的問題もある)。
最近のマレーシアでは、日本でいう「手焼きのパンの店」が流行りのようで田舎町でもよく見かける。また、町なかにはコンビニも増えてきたので、前の晩のうちに好きなパンを買い込んでおくのもよかろう。
しかし、暑いジャングルではパンはなかなか喉を通らないので、私の場合、朝、市場でトラップ用のバナナを買う時に周りの屋台などで売っている「中華ちまき」や「ナシ・レマック」を常食にしている。
【実例1】日本人の口に合う「中華ちまき」
最近、日本でも中華料理店で時々見かけるヤツで、竹皮に餅米と鶏肉や竹の子、椎茸などを一緒にくるんで炊き込んだ、中華風おこわである。日本で売っているのは温めないと食える気がしないが、向こうのは油でギトギトしているのにこれが不思議としつこくなく、温めなくてもほぼ抵抗なく食える。喉がカラカラで食欲がない時でもなぜか食える。餅米なので消化が良いのに腹持ちが良い。やっぱり日本人は米だと、つくづく思う。
【実例2】暑い所でピリ辛が嬉しい「ナシ・レマック」
こちらは屋台というよりマレー系の軽食堂で、各テーブルの上に山積みにしてあるのでこれをテイクアウトする。握りこぶしくらいの大きさで、おにぎり形をしているところまでは中華ちまきと似ているが、こちらの方は青々としたバナナの葉でくるんである。
中身はココナッツミルクで炊いたパラパラのインディカ米で、これにピリ辛香辛料のサンバルと小魚の塩漬け、ゆで卵4分の1、キュウリ一切れがトッピングしてあるのが定番だ。特段、美味と言うほどでもないが、サンバルの辛さが暑いジャングルで食欲をそそるのと、サッパリしているので3日ぐらい連続で食っても飽きが来ない。ただし、飯がパラパラなのでスプーンは必携である。スプーンなしでそのまま貪り食うと、口の周りに真っ赤なサンバルがベタベタに付き、「たらこ唇」ならぬ「明太子唇」になる(経験者は語る)。
【実例3】知られざるバナナの功罪
初めのころは意外に弁当に困り、困ったと言うより端っからあきらめて、バナナとジュースだけの昼食が当たり前と思っていた。バナナは消化吸収が良くて栄養価も高く、何よりも現地ではタダ同然で、どうせトラップで大量に持っていくのだからこれで昼食を済ませれば一石二鳥と思った。
ところが、ここにも落とし穴があった。バナナも3~4本食べているうちは問題もなかろうが、いくら現地のバナナは小ぶりといっても連日30~40本も食べるとさすがに問題があるようだ。
ある時、何かのテレビ番組で観たところによれば、バナナには体内の電解質を奪う作用があるとのことで、まさしく前述の塩分欠乏症を助長する作用があるということが判明した。つまりはバナナばかり食べていると、おつむがサル化するということらしい。