「年間30日フィールドワーク」
長い間、私が目標としてきた数字である。残念ながら、働き始めてからは多分一度も達成したことはない。それでも若い頃は年間25日ぐらいこなしたこともあったが、徐々に仕事が忙しくなり、年齢とともに体力気力は衰え、最近では半分ぐらいがせいぜいとなってしまった。
昨年度末をもって31年間勤めた名古屋市を早期退職した。それこそ糸の切れた凧か羽の生えた蝶のようにフィールドへ飛び出したかったが、先立つものに不安を抱える身としてはおいそれとそうもいかず、結局4月早々から引き続き勤め人の身分となった。それでも残業ゼロ、土日祝日は完全休暇の待遇なので、これまでよりはかなりフィールへ出る機会が増えた。そんな訳で、今シーズンは目標には及ばなかったものの久々それに近い日数をこなすことができた。少し若返ったような気がした。
西濃地方のギフチョウは、かつては都市近郊の手軽に行ける産地でしかも多くが車横付けだったりして、初級者向けC級ポイントのような評価がされていたと思う。それがいつの間にやら多くの有名産地が「風前の灯火」もしくは「過去の遺物」という状態である。
西濃地方でギフが激減している最大の原因は、私は温暖化の影響だと思っている。もちろんそれ以前に開発の影響もあるが、開発からまぬがれて一定程度の自然環境が残っている場所でも近年激減している。
そうした中で、私が当分は安泰と思っていた場所が本巣市外山のポイントだ。当地は洪積台地の傾斜崖面に豊富な湧水があることから、温暖化が進んでも乾燥化に強いだろうと考えていた。ところがどっこい、今回2年ぶりに訪れて愕然とした。たった2年で環境が激変していた。と言っても、それはぼんやりしていると気づかない変化 ―― シカの食害である。
初めは私も気づかなかったほどで、環境は大して変わったように見えないのにカンアオイが激減している。というか、辺り一面に草がろくに生えていないのだ。さらにはこちらはイノシシの仕業だろうか、 そこらじゅうに地面を掘り返した跡があった。カンアオイは古葉は見られず、新葉がかろうじて少し出ていた。
これだから西濃へは行きたくない。そう思いつつ、妙な使命感のようなものに背中を押されてこの日も来ていた。そしてこのあと、よせばいいのにかつての超有名産地、大野町野の様子を見に行った。当地こそ、もろに温暖化の影響を受けて干上がってしまった産地だ。昨年までは一部にかろうじてカンアオイが生き残っていたが、ギフは発見に至っていない。今年はカンアオイの自生地へは足が向かず、近くの尾根道をぶらついただけでお茶を濁して帰った。
最後に、旧根尾村高尾へ向かう。当地は濃尾平野から北へ外れて山あいに入る分、多少は温暖化の影響が少ないと期待して行ってみた。2003年に確実な記録があるが、それ以降の記録を見ない。
集落を通り過ぎて深い谷あいへ入る手前にそれらしい平坦な地形があり、雑木林が残っていた。祈るような気持ちで足を踏み入れると、ゴミが投棄されて荒れた様子の林床に草はほとんど生えていない。それでもしつこく探すと、貧弱なカタクリの葉が数枚と、枯死寸前のカンアオイの古葉が一葉だけ見つかった。近くに鹿と思しき動物の白骨死体が転がっていた。地獄を見たような気がした。
[記録]2017年4月2日(日) 同行者 雅恵
岐阜県本巣市外山 カンアオイ確認
岐阜県揖斐郡大野町野 何も得られず
岐阜県本巣市根尾高尾 カンアオイ確認(古葉1葉のみ)
先週nullだった本巣市のポイントが気になっていたが、もう一度行って採れないと、今度こそショックから立ち直れない気がしたのでやめた。そして、これまで何度か採集して特に新味のない犬山市のポイントへ、のこのこと出かけるのだった。
かつて愛知県内で採集したら発表する価値があるほど珍だったクロコノマチョウが、さも当たり前のようにいた。これも温暖化の影響なのだろうが、幸い今のところ当地のカンアオイは健在で特に衰退する兆候とかは感じない。
ただ、この日は天候不順で6日間ぐずついた天気が続いた4日目にあたり、午前中は雨がパラついたりした。気温はそこそこ高かったので、わずかな晴れ間にでも飛ぶことを期待したが飛んでくれなかった。
[記録]2017年4月9日(日) 同行者 雅恵
愛知県犬山市塔野地 クロコノマチョウ 1ex.目撃 カンアオイ確認
愛知県犬山市今井 カンアオイ確認
岐阜県可児市塩河 カンアオイ確認
この日の天気は、予報によれば名古屋は朝のうちは晴れるが昼前から雨。西へ行くほど天気の崩れは早く、北日本は低温。東も意外に良くなくて、いいのは沿岸部だけで内陸部は良くない。ということは、朝のうちだけとはいえギフが飛ぶ可能性があるのは名古屋の周辺だけで、日本広しといえども他はほとんど見込みがないかもしれない。
こんな奇跡のようなローカル・アドバンテージに恵まれて(?)、採集に行かないとバチが当たるだろうと、あまり気は進まなかったが出かけることにした。犬山市は先週フライング気味だったが今週末ではすでに遅めと判断し、発生がやや遅れるスズカ食いの多治見市のポイントへ行くことにする。
果たして、朝のうちは予報どおり晴れていたのに、午前9時前に現地に着いて準備をしているうちに早くも曇ってしまった。気温はそこそこ高いので薄日でも差せば飛びそうなのに、その薄日が差しそうにない。それどころか、むしろ徐々に雲が厚くなってきた気がする。
午前中に雨になる予報なので、あきらめて他へ下見に行こうという気にもなれない。仕方なくカンアオイの生育状況をチェックしたり、先週に続いて林内から飛び出したクロコノマチョウを観察したり、写真のような妙ちくりんな倒木を見つけて写真を撮ったりしているうちに1時間ほどが経過していた。
完全あきらめモードの私の足元から、不意にギフが飛んで我に返る。相変わらず日照はないが、いつのまにか少しだけ明るくなっている。こうして15分ほどの間に立て続けに3♂1♀をネットしたが、その後再び暗くなってきたと思ったら間もなく雨が降りだし、この時期としては珍しいほど短時間にドバっと降った。
全く日照がない中でギフが活動するというのは、これまであまり記憶にない。気温は16℃ほどで、低くはないが特に高いというほどでもなかった。周辺の桜は満開。時期的には申し分なかったと思う。
[記録]2017年4月15日(土) 同行者 雅恵
岐阜県多治見市大藪町 ギフ 3♂1♀ クロコノマチョウ 1ex.目撃
昨日は天気予報が良くなかったので、初めから採集をあきらめて白川町へ下見に行こうか散々迷った。迷った末の逆転の発想で、まとまった雨が降りそうなので下見は難しかろうと採集にしたのが正解だった。
しかし、その代償としてこの日の目的地白川町の手がかりが不足していた。とっかかりがないとイマイチ気合が入らず、既知のポイントをうろつくばかりでロクな成果はなかった。
あまりに寂しいので、白川町野原のポイントに咲いている珍しい黄緑色のツツジの写真でも貼ってお茶を濁しておこう。でも、この色ではギフは見向きもしないよね。
[記録]2017年4月16日(日) 同行者 雅恵
岐阜県下呂市門和佐 カンアオイ確認
岐阜県加茂郡白川町下佐見 カンアオイ確認
岐阜県加茂郡白川町野原 ギフ 2♂(内1♂雅恵採集)
昨年2度にわたる調査でカンアオイの自生地を見つけ、まだ採ってもないのに採ったような気になっている白鳥町某所へ。昨年のルートは藪こぎがキツいので、今回はもっと楽なルートから攻める作戦でシーズンオフの3月に下見がしてあった。
朝から天気は上々、付近の桜はほぼ満開。2年越しの新産地はもう落ちたも同然!の気分で、途中の良さそうな陽だまりで小休止していたときのこと。思いがけず採集者がやって来た。聞けば当地には何度も通っていて詳しい様子で、この先にポイントがあるという。やっぱりいるんだ!という喜びと、なんだすでに人が入ってんだ、という落胆で複雑な気分だった。それに、今日はあの人にベストポイントを押さえられてしまう、という焦りと、あの人が陣取っている場所がベストポイントに違いない!という他力本願なスケベ心で複雑な心境だった。
そんなこんなで先を越されてしまったが、足場が悪くて歩きにくい斜面を登りやっとお目当ての尾根にたどり着くと、そこには思いがけず強烈な風が吹き抜けていた。しかもかなり冷たい北風である。それでもしばらく尾根を歩いたが、とてもじゃないが上がってくる気がしない。そこで昨年見つけたカンアオイ自生地まで尾根をたどって行ってみたが、出払った後なのか低温のせいなのか、しばらく粘っても飛ぶ気配はなかった。先に行ったはずの採集者の姿もなく、きっとこんなコンディションなのでとっとと転戦したのだろう、勝手にそう思っていた。
帰宅後、いただいた名刺のアドレスにメールしたところ返信を下さった。なんと、あの厳しいコンディションの中で6♂採集されたとのこと。実力の差を思い知った。
[記録]2017年4月22日(日) 同行者 雅恵
岐阜県郡上市白鳥町某所 ギフ null
岐阜県郡上市白鳥町曽部知谷 ギフ 1♂1♀
先週、白川町をうろついたときに気になる林道が目にとまった。元々地形図で目星をつけていた場所にも近く心が動いたが、その時点でnullだったため確実に採れるポイントへ行くことを選んでスルーしてしまった。この日は時期的にもう遅いと思ったが、どうしてもその林道が気になるので行ってみることにする。
林道入口付近は明るい雑木林でいい感じなのだが、食草は見つからなかった。林道を奥へ詰めた辺りが地形図上では良さそうなので行ってみると ―― 丸出だめ夫。
この後、白川町を一日あちこちをさまよい歩いたが、成果に乏しい一日となった。午後のとばりが降りたころ、薄暗い雑木林の林床から見慣れぬ大型の鳥が飛び立ち一瞬色めき立つ。野鳥図鑑で調べてみるとヤブゴイというらしい。何だか風さいの上がらぬつまんない鳥で、極め付きの凡ショットになった。まるでこの日を象徴しているようだった。―― ちょいとお前さん、鳥に八つ当たりするでないよ。
[記録]2017年4月23日(日) 同行者 雅恵
岐阜県加茂郡白川町各所 ギフ null