かつては入門コースというイメージの強かった西濃地方のギフチョウだが、近年の温暖化に伴う乾燥化と、それに追い討ちをかけるようなシカの食害によって各地で壊滅的に減少している。遅ればせながら2012年から岐阜県のギフチョウの市町村集めを始めて、まだ自分で採っていない大野町や旧揖斐川町、旧久瀬村、旧根尾村などへ何度も足を運んだが、行けば行くほど採れそうな気がしない。採れない場所へ行っても楽しくないので、今シーズンは原点に戻って市町村にこだわらずに採れそうな場所を探すことにする。
地形図で、大きなすり鉢状の地形を見つけたので行ってみる。入り口から奥へ奥へと進んでいくと、地形そのものは写真(1)のように周りを小高い山で囲まれて申し分ないのだが、どうも様子がおかしい。期待とは裏腹に全体的に乾燥した感じで、足元には小石がゴロゴロしている。よく見ると、ヤブツバキなどの常緑低木がことごとく伐採されて、伐った木がそこらじゅうに放置されている(写真(2))。伐採したのはまだここ数日のようだ。
さらに行くと足元にカンアオイが現れた。下の写真(3)のように、石ころがゴロゴロしているような場所にカンアオイが自生している。地表は乾燥しているが、コケが生えていた痕跡がこの写真でも分かる。カンアオイはほとんど古葉ばかりだが、わずかに新葉も認められる(写真(4)の中央左)。だが、全体的に葉はしおれ加減で元気がない。なにしろ平坦な地形で日当たりが良く、地面は乾燥して小石がゴロゴロしているのだ。とてもカンアオイの生育に適した環境とは言い難い。にもかかわらず、驚くほどカンアオイは豊産していた。こんな劣悪な環境にこんなにたくさんのカンアオイが生育しているのを見たことがない。このギャップをどう理解すればよいのか。
当地の元々の姿を知らないので推測の域を出ないが、地形から想像するに本来は良好な環境でカンアオイ、ギフチョウともに豊産していたのではないか。それが何らかの原因で急激に環境が悪化してカンアオイが青息吐息の状態、と考えると現状とマッチする。以下は私の想像。
樹林を構成する木々がほぼ中木ばかりで大木がなく樹高が揃っていることから、ひと昔かふた昔前に、何らかの目的で一帯の樹林を伐採した。そこから乾燥化が始まった疑いが強い。下草も刈られているようで、このことは短期的にはカンアオイの生育を促進したが、長期的には乾燥化を助長した。この地域は温暖化によって近年冬場の積雪が激減しており、そこへこうした人の手が加わったことで土壌が保水力を失って乾燥化に拍車がかかり、最後のトドメはゲリラ豪雨による水害で表土が流失して小石がゴロゴロしている。もしそうだとすると、よしんば今春はかろうじて最期のギフがこの荒廃した環境を飛んだとしても、来春はいよいよ墓場になっていると予想せざるを得ない。
この日回った幾つかのポイントの中で、一番環境が残っていると思えたのが当地、佐野だった。有名ポイントだが、例によって私が当地を訪れるのはこれが初めて。この日の佐野は入れ替わり立ち替わり採集者が来ていたようで(私もそのひとり)、私が立ち寄った午後2時では、仮に発生していたとしてもギフの姿がなかったのも無理はない。予想どおりヒメカンアオイの新葉は展開していたが、意外にも桜の蕾は膨らんでいたが未開花だった。ちなみにこの日の名古屋市内の桜はほぼ5分咲き。西濃地方はこの日回った範囲では全て未開花だった。
[記録]2018年3月25日(日) 同行者 雅恵
岐阜県山県市(旧伊自良村)上願 カンアオイ確認
岐阜県山県市(旧伊自良村)掛 カンアオイ確認できす。
岐阜県岐阜市雛倉 カンアオイ確認
岐阜県岐阜市佐野 カンアオイ確認
先週は1頭も見られなかったので、まずは発生状況の確認を兼ねて確実に見られるはずのマイポイント、宇多院の杉林の奥のクリ畑を覗いてみた。
それが何と、かつてはよく管理されていたクリ畑は、下草のササが伸び放題でカンアオイが衰退していた。自分の記録を確認すると、当地を訪れたのは5年ぶりだった。5年も経てばこんなもんか‥。
周辺の桜はちょうど満開で、いれば適期だったと思われる。
耕作地の奥に良さそうな場所を見つけて足を踏み入れる。ここは初めて来た場所だが、明るい雑木林の林床にスミレがびっしり咲いていて、最近の西濃では稀に見る桃源郷のような環境。これはギフチョウがホイホイ出てきそう‥。でも全然出てこなくて、カンアオイも全く見つからなかった。
この場所へ至る途中、畑のへりを200mぐらい歩いたが、天気が良くて春うららの野辺に、モンシロチョウ1匹、ベニシジミ1匹たりとも飛んでいない。ミツバチも、トンボもテントウムシも、なんにもいない。これを温暖化のせいだと言う人がいるが、そんなのウソだ。農薬のせいに決まっている。ここまで徹底的に農薬を散布して市場競争力のある高品質の農産物を作ることに、いったい何の意味があるというのだろう。人間の営みとは何か。市場経済とはいったい何なのか。農薬が人体に影響があるとかないとか、そんな問題ではない。生きとし生けるすべての虫が死に絶えた春暖の野辺を足早に歩きながら、身も心も凍るような気分になった。
ここは私が知っている西濃地方のポイントの中で、唯一まともな発生地という気がする。しかし、前年に訪れたときに、初めてシカの食害に気付いた。
祈るような気持ちで林道を進むと、やはり心配したとおり下草はほとんどない。それでもカンアオイはかろうじて新葉を出しているが、古葉は全くないので危機的な状況といえる。
ここももうダメかと思うとつい2時間も粘ってしまったが、なぜか私も雅恵も揃いも揃って2-3頭ずつ振り逃がしたり振れず逃がしたりでnullを覚悟した最後の最後に、私がやっと仕留めた個体が♀だった。シーズンの初ギフが♀というのはあまり記憶にない。周辺の桜は満開。ギフはほぼ最盛期だったと思われる。
先週下見をした際に、荒廃した土地にカンアオイの古葉ばかりたくさん見られたことから、当地でギフがまだ見られるとしたら今春が最期のシーズンという不埒(ふらち)な予想をした。それをこの目で確かめたくはないが、でも確かめなければいけないだろうという思いで立ち寄ってみたところ、何と入口にチェーンが張ってあって「関係者以外立入禁止」の札が下がっている。こんなの先週はなかった‥。何らかの目的で人が管理している林であることがいっそう明らかになったが、何の目的で何をしているのかを含め、すべてが謎のまま終わってしまった。
馬坂峠へはこれまで都合3回ほど立ち寄っているが、ただの1頭も見てもいない。確実な記録があるうえ峠の北側にカンアオイがそこそこ自生しており、いないはずがないと思えるが、そもそもいつ行っても日が当たっていない。朝行っても、昼に行っても、午後から行っても日が当てっていないのだ。そんな馬鹿なことがあるはずないと思うが、どうやら斜面が急で真北を向いているため、太陽が低いこの時期、一日じゅう日が当たらないらしい。ならばピークに登ってみようと考え、翌日に備えてこの日は下見のつもりで登る。午後3時近かったので時間的には完全に遅いが、尾根やピークにキャッチングポイントがあるかどうかを確かめたかった。
あえぎあえぎ藪こぎで尾根にたどり着くが、多少開けた場所があるもののパッとしない。せっかくなのでピークまで行こうとするが、上へ行くほどブッシュがきつくなってこの先望み薄と思われた。それでもしつこく登ったピークには、何と猫の額ほどだが潅木を切り払った空間があって、何と何と、この時間でまだギフが残っていた。しかし、無造作に近寄ったため、あっけなく逃げられて谷の方へ降りていってしまった‥。
あーあ、やっちゃった。やっと見つけたというのに、馬坂(うまさか)峠だけに(う)まさかの失態! ウソつけ、いつもの失態だろう。でも、苦労して見つけたのでとても嬉しかった。と日記には書いておこう(←古すぎ)。
♪あしーたがあるさ、明日がある・・♪
今日は一日、実質シーズン初日だというのにちょっと頑張り過ぎたせいか、テンションが上がって精神が崩壊しかかっている。
[記録]2018年3月31日(日) 同行者 雅恵
岐阜県関市武芸川町宇多院 カンアオイ確認
岐阜県山県市(旧美山町)辷石(午前中)ギフ null
岐阜県山県市(旧伊自良村)平井 カンアオイ確認できず。
岐阜県本巣市外山 ギフ 1♀
岐阜県山県市(旧伊自良村)上願 「立入禁止」で調査できず。
岐阜県山県市(旧美山町)辷石(午後)ギフ 1♂
岐阜県山県市(旧美山町)馬坂峠 ギフ 1ex.目撃
富加町の発生地は、かつて明るい落葉広葉樹林の林床にカンアオイがズクズクに生えていた。いま当時の記録をひも解いても記載がないので確認できないが、確かカタクリやスミレも咲いていた記憶がある。今回6年ぶりに行ってみると、一見したところ環境はさほど変わっていないようで、どこか様子が違う。足元の草花がないのだ。カンアオイはかろうじて新葉を出しているがカタクリは全くない。
ポイントから少し離れて高速道路の側道を歩くと、決して環境は良くないのにカタクリが道ばたにたくさん咲いていて、カンアオイも古葉がもっこりとした株があった。環境の良さそうな場所でカタクリが消滅し、環境の良くない高速道路沿いにカタクリが咲いている。さらには高速道路沿いで、1♂だけだがギフが採れた。
これは「悪魔の使者」シカの仕業と考えられる。高速道路沿いは車がひっきりなしに走るのでシカが警戒して近づけないのだ。ないしは近づいたとしても、おちおち草を食(は)んでなどいられない。富加町大平賀から関市志津野にかけてのギフの一大産地は、東海環状自動車道の建設によりギフチョウの生息地が破壊・分断され著しい影響を受けた。ところが高速道路が「魔除け」となって、かろうじてギフが生き残っているとしたらなんとも皮肉なことである。
前日に下見をしたので、躊躇なく藪こぎでピークへ登る。ピークには正午に着き、首尾よく次々に5頭が飛来した。ところが一回おきに振り逃がして○✕○✕○で、しかも採った3♂のうち2♂が鳥食われで、まともは1♂のみ。うーん‥。
ここでしばらく飛来が途絶えて気をもんだが、このインターバルがかえって頭を冷やすにはよかったようだ。要は周りの潅木が邪魔して振り逃がすのだが、空間が狭いということは逆を言うとその狭い空間にピンポイントで出てくる瞬間があるということ。横に振ると潅木が邪魔するので、地表近くの小さな空間に出る瞬間を辛抱強く待って、バサッと上からかぶせて御用。再び飛来が始まって以降は、この要領で8頭連続ノーミスで締めた。
[記録]2018年4月1日(日) 同行者 雅恵
岐阜県富加町大平賀 ギフ 1♂(鳥食われリリース)
岐阜県山県市(旧美山町)馬坂峠 ギフ 11♂(内2♂鳥食われリリース)
白川町のギフはこれまで下呂のついでなどで何度も立ち寄っているが、採集できたのは野原と下佐見の2か所だけであまり成果が上がっていない。昨シーズン、新産地を開拓しようと1日歩き回ったが、文字通り歩き回っただけに終わった。白川町は過去の記録を調べると各所に産地が多いので、そんなに見つからないはずはないと思える。この週末は土日とも天気が悪くて寒波もやって来る予報なので、これを逆にチャンスととらえて白川町へ下見に行くことにする。
この日の白川町は桜は満開ないしは散り初めという季節感なのに、「雪のち晴れ」という信じ難い予報。今春は名古屋ですでに夏日を5日も記録しており、高山でも桜が咲き始めたというのに、美濃で今さら雪と言われてもピンと来ない。どうせ降ってもチラつくだけだろうとタカをくくって、でも防寒対策だけはしっかりして出かけた。
はたして、午前中は曇りで時々雨やみぞれや雪が断続的に降ったり止んだりの天気。午後からは晴れ間も出たが、所により一時豪雨で、午後2時過ぎには再び雪となった。よりによってこんな日に下見に行かなくてもいいとも思うが、こんな日に行って雪の中で合羽を着て探した根性が実を結んだのか、3か所探して3か所ともカンアオイを確認できた。
[記録]2018年4月8日(日) 同行者 雅恵
岐阜県加茂郡白川町各所 3か所でカンアオイ確認
平日に休暇を取って採集に行く。プチリタイアした身の特権である。
この日は8日(日)に見つけた白川町のカンアオイ自生地へ行こうか、それとも昨年採れなかった白鳥町へ行こうか迷った。積算気温を用いた自己流発生予想によれば、白川町はすでに3日ほど遅めで白鳥町は2日早い。日ごろの私の主義主張では、適期を逃した白川町はパスして、これから出る白鳥町を攻めるのが鉄則である。
ところが、白鳥町は前日の11日は終日雨で低温。12日は晴れるが予想最高気温は18℃と微妙に低め。これだと前日は未発生で、この日やっと発生が始まったとしてチョロチョロだろう。一方の白川町は、発生期を直撃した寒波のために発生が足踏みし、晴天で高温の10日にドッと出たが翌11日は雨と低温で飛べなかったはずだ。これなら12日は綺麗な個体がわんさかいるに違いない。以上、すべて自分に都合よく自分ファーストで分析し、いざ白川町へ。
午前8時半に目的地に着くと、予想したこととはいえ桜はほぼ散り果てで、これを見ると不安がよぎる。しかも大前提である全国的によく晴れるという予報が外れて、雲が多くて日照がなく気温が上がってこない。それでも10時過ぎからポツポツ飛ぶようになったが、低温のためすぐに梢に上がってしまい成果は上がらない。昼前になってやっと10分ほど日が照ったらいっぺんに5-6頭出てきて、このポイントのポテンシャルの高さを予感させた。でも、いっぺんに出てこられると意外に採れないもので、2♂採っただけであとは逃げられた。
この後、晴れてくる気配を感じて慌てて昼飯を済ませ近くの小ピークに登る。登る途中から晴れてきて、1時間余りのうちに大成果となった。ただ残念ながら♂は予想以上に傷みがあり、ほぼ全ての個体に多少なりともスレ、カケ、退色が認められた。それなら♀が狙い目のはずだが、発生地周辺をしつこく探したがなぜか♀は少なく、交尾中のものを含めて3♀採集のみ。交尾個体はピークで交尾していた。これだけ♂がたくさんいるのに、♀がピークにたどり着くまでにどうして♂に見つからなかったのだろう。ギフチョウの♂が見つけられないくらいだから、私が探してもなかなか見つからないわけだ。
[記録]2018年4月12日(木) 同行者 なし
岐阜県加茂郡白川町某所 ギフ 19♂3♀(内、4♂ボロ、リリース)
ここ何年か岐阜県のギフチョウにかまけていて、地元愛知県をやっていない。かなり古いが、名古屋昆虫同好会の会誌、佳香蝶にかつて記録が載った旧旭町の城山森林公園へ行ってみる。
地形図を見るとギフチョウのニオイの全くしない山だが、実際に行ってみると意外にいい感じである。森林公園内は写真のような遊歩道が縦横に整備されていて、付近は沢の源頭部に当たり湿地状の場所もある。あとはカンアオイさえあればバッチリだ‥。
血眼(ちまなこ)になって探し回ったが、遂にカンアオイは見つからず。もちろんカンアオイなんか見つからなくてもギフチョウが見つかればいいわけだが、おいそれとそんな美味しい話はなかった。
旧旭町へ向けて車を走らせながら、旧藤岡町御作(みつくり)付近で良さそうな環境が目についたので帰りに立ち寄る。
なだらかな峠道の東側、豊田市下川口ではヒメカンアオイが自生していたのに、峠を越えた西側、豊田市御作町ではいきなりスズカカンアオイが出現したのには驚いた。いつもながらスズカはボリューミーなのでいかにもギフが豊産しそうな期待を持つが、実際はスズカ食いの多産地というのはあまり聞かない気がする。果たして当地やいかに。この日は終日曇りで雨こそ降らなかったが日照もなく、ほぼ下見に終わった。
[記録]2018年4月14日(土) 同行者 雅恵
愛知県豊田市(旧旭町)城山森林公園 カンアオイ発見できず。
愛知県豊田市(旧藤岡町)下川口 カンアオイ確認(少)
愛知県豊田市(旧藤岡町)御作 カンアオイ確認(多)