2020年採集日記(下)


■ 6月20日(土) 三重県旧美杉村のウラキンシジミ

 前日に県境をまたぐ移動自粛がやっと解け、さっそく県外へ採集に出かけるにあたりどこへ行こうか迷った。実のところ、目にトラブルを抱えていた。2年前に白内障の手術をした左目に急に後発白内障(※)の症状が出て、見えづらいのだ。

 ※白内障の手術後に、眼内レンズを包んでいる水晶体嚢(のう)に濁りが生じること。

 そうでなくても緑内障が徐々に進行していて、今春のギフチョウ採集では目の前のギフを見失う失態を何度か演じて、そんな自分におののいたりしていた。緑内障は進行を遅らすことはできても治療はできないが、後発白内障なら簡単なレーザー治療で治せる。そこで、ゼフのシーズン前に治療しておきたくてかかりつけの眼科へ行ったところ、「まだ軽いからもう少し先で処置しましょう」と言われてしまった。

「まだ日常生活に支障ないでしょう?」と言われて、まさか「日常生活には支障ないですが、チョウチョ採りに支障があります」とも言えず‥。

 この視力ではキマルリの速さにはきっとついていけないだろう。そこで、ウラキンなら飛び方も比較的遅いし、当地のウラキンは個体数が多いので少々振り逃がしても大丈夫だろうという思惑で、実に11年ぶりに旧美杉村のウラキンを採りにやってきた。果たして11年ぶりのポイントは‥。

 現地に着いても、あまりに久しぶりなのでなかなか記憶が蘇らずに戸惑っていたが、どうやら木が伸びて様子が変わってしまったらしいことに気付いた。7mの竿で届く良いポイントがなくなってしまったのだ。

 ちょっとへこんで午前中は気力が湧かず、あまり叩くこともなく漫然と歩き、良さそうな木は見つかりそうな気がしなかった。少し場所を変えてみたところ、別の場所に採集者やカメラマンの姿があった。どうやら11年前に採った場所にこだわらなくても、結構広くポイントはあるらしい。とはいえ良さそうな場所が見つからないまま午後になった。テリタイムが始まるまでに7mの竿で届く手頃なトネリコを見つけないと、高所を飛び交うウラキンを指をくわえて眺める羽目になる。

 午後2時過ぎ、思い切って再度場所を変えてみた。ようやく良さそうな場所を見つけ、午後2時半にやっと最初の1♂を採集。この時、木が高いとみて8mの竿に替えていた。この竿はかれこれ10年ほど前に買ったまま、いつもお守りのように車に積んでいるだけで、これまでただの一度も使ったためしがない。もともと長竿の腕にコンプレックスのある私としては、どうせ8mは使いこなせないと初めから決めつけていたのだ(「だったら買うなよ」の声いずこより)。

草むらに落下したウラキンシジミ ♀
草むらに落下したウラキンシジミ ♀

 使ってみて初めて気付いた。7mより8mのほうが届く範囲が格段に広がる。当たり前か。そして、このころ一時的に雲が多くなったのがかえって幸いしたのか、叩くとポツポツ出るようになった。しかもまだ活動時間前のためか不活発なようすで、ふらふらと下に落ちてくる個体がいくつかいた。しかし、せっかく落ちてきたのに、あろうことか草丈の高い草むらの中に深く潜り込んで見失ってしまう。結局、回収できたのは写真の1♀だけだった。

 午後3時半ごろから、一転して今度は良く晴れてきた。この時間帯、晴れると飛び方は活発になるがよく止まる。ところが、止まるのはいいけれど、ベッタリ貼りつくように止まって飛ばないヤツがいる。枝先に静止しているところを狙いを定めて振っても、枝先にしがみついているのかネットの中に落ちてくれない。このようなことはウラジロミドリやキマルリでは経験があるが、ウラキンでは初めてと思う。

 そんな中、ちょっとした奇跡が起きた。

 午後4時半を過ぎていた。地上5-6mほどの高さの枝先をチョロチョロと舐めるように飛ぶ個体を目で追いながら、止まるとかえって枝に貼りついて始末が悪いので、飛んでいるところを仕留めようと狙っていた。一瞬、枝先でホバーリングしたところを逃さず、枝ごとバサッとすくった。ネットの中を覗き込んでわが目を疑った。何と3頭入っている! どうやら枝先で交尾しているペアがいて、そこを通りがかった別の♂がちょっかいを出しているところを一網打尽にしたらしい。長いこと蝶をやっているが、吸水集団やトラップ以外でそれも空中戦で「一振り3頭」というのは記憶にない。それにしても交尾していると分かっていれば写真を撮りたかった。 

 と思っていたところに、今度は日当たりの良い別の梢を叩いていたら交尾個体が落ちてきて地上3-4mほどの葉上に止まった。やった! 今日はなんてついてるんだろう。今度こそ写真を撮ろう。

 しかし、近づくと木の下からでは葉の陰になって見えない。ある程度離れると何となく見えている気もするが、かなり距離があるのでコンデジのズームで捉えるのは至難の業だ。何度も何度もしつこくトライして、やっとのことでその姿を捉えることができた。

樹上で交尾中のムラサキシジミ。
樹上で交尾中のムラサキシジミ。

 おや? でも何だか様子が変だぞ。ザックから老眼鏡を取り出してカメラのモニターをよくよく見てみると・・・ムラサキシジミでした。

 ジャン、ジャン。

 やっぱり目がよく見えてないんだよ。日が落ちて暗くなると運転が危ないから、そうなる前に早く帰ろう。

[記録]2020年6月20日(土) 同行者 なし

三重県津市(旧美杉村) ウラキンシジミ 5♂3♀

 


■ 6月24日(水) 滋賀県長浜市のフジミドリシジミ

 当地を最初に訪れたのは2014年6月29日のこと。その時は、予想だにしない多数のヒサマツミドリに出迎えられて狂喜乱舞した。フジミドリも面白いぐらい飛んでいたが、採った3♂すべてがボロで、すぐにやめてヒサマツに専念した。その時の印象では、フジは適期に来れば20-30頭は軽い気がした(←捕らぬタヌキの‥)。そこで翌年以降はフジ狙いでたびたび訪れているが、フジはヒサマツより10日から2週間も発生が早いと思い込んでいたため、いま思えばひどいフライングを繰り返した。

【これまでの記録】

     2014年6月29日(日)

 

ヒサマツミドリシジミ 14♂、フジミドリシジミ 3♂ボロ、   

アイノミドリシジミ 1♂1♀、エゾミドリシジミ 1♂

2015年6月  6日(土) null(フライング)
2015年6月13日(土) null(フライング)
2016年6月18日(土) フジミドリ 1♂、ヒサマツミドリ 1♂
2017年6月24日(日) null (フジミドリ少数目撃)

 2016年6月18日はフジ狙いだったがフジは少なく、やっと採った1♂が完品だったので発生初期かと思いきや、そのあとでヒサマツが採れてしまって頭の中がグチャグチャになった。しかし、この経験から、ヒサマツとフジの発生時期はそれまで考えていたほど大きくは違わないことにやっと気付いた。

 そこで2017年はヒサマツの発生初期を狙って6月24日に訪れた。あいにくの曇り空で日照がなく、日照がないとヒサマツは全く飛ばない。フジは日照がなくても飛ぶが止まらないので採れず、結局何も得られなかった。

 以上の経験から、まだ生煮えながらもフジとヒサマツについて、2つの教訓を得た。

・教訓1:フジとヒサマツの適期は意外と差がなく、どうやら1週間も違わない。

・教訓2:ヒサマツはもちろん、フジも天気の良い日を狙うべき。

 以上が「これまでのあらすじ」で、ここからがこの日の本題。

 さて、この日もフジ狙いで、「ヒサマツの発生初期=フジの適期」かつ「確実に晴れる日」という観点でこの日を選び、仕事を休んで平日に出かけた。午前10時半ごろに到着してまずはブナをチェック。フジがテリを張りそうなブナで8mの竿で届く枝を確認した。早めに昼食を済ませて昼からまずはヒサマツのポイントで待つが、ヒサマツはなかなか現れてくれない。この日の尾根は予想外の強風が吹いていたが、経験的に風が強くてもヒサマツは飛ぶが、フジが飛ぶかどうかは未知。

 午後2時少し前。ヒサマツは全く現れず、そろそろフジが出る時間と思い、あらかじめ目星を付けておいたブナへ移動する。叩き始めてほどなく、飛んだ! しかし、止まってくれずにいったん見失った。しかし幸運にも次に叩いたら近くから飛び立ち、ふらふらと落ちてきてわざわざ私のほうへ向かって飛んできて、「採ってください」とばかりに目の前の地面に止まった。まだお目覚め直後で寝ぼけていたかもしれない。少しスレた♂だった。

 その後しばらくは低調で気をもんだが、午後3時半から4時ごろをピークにフジは活動が活発になり、多いとは言い難いがボチボチの数が見られた。しかもこれまで私が知るフジの印象と違って枝先に比較的よく止まり、8mの竿でギリギリ届きさえすればかなりの確率で採れた。そして、この日の経験から、私のフジミドリに対する理解は大いに変わった。

 

【私がこれまで考えていたフジミドリの特徴】

・曇っていても飛ぶが、曇っている時はなかなか止まらない。

・枝から枝へ、木から木へと渡り歩くように飛んでなかなか止まらない。

・エゾやジョウザンのように枝先でテリトリーを張ることはほとんどない。

 

【この日の観察の結果】

・エゾやジョウザンと同様、日の当たっている枝先でテリを張る。

・テリを張る枝の嗜好性が強く、谷などの空間に張り出してよく日の当たっている枝先を好む。

・枝から枝へ、木から木へと渡り歩くように飛ぶのは、テリを張る枝の嗜好性が強いことと関係があり、気にいる枝がないと行ってしまうためではないか。

・同じように日が当たっていても、上に向かって張り出している枝より横に張り出している枝を好む。その結果、ブナの大木の樹冠やその周辺よりも、側面部分でよくテリを張る。

・嗜好性が強いわりにその枝に執着せず、一度飛ぶと元の枝に戻らず少し離れた枝に止まることが多い。この点はヒサマツとは少し異なる。

フジミドリシジミの飛翔イメージ。
フジミドリシジミの飛翔イメージ。

 どうやらこれまでの私は、日照のある時にはヒサマツを狙い、日が陰るとフジを探していた。石川県の医王山や北信の関田峠ではフジ単独狙いだったが、そもそも日照がほとんどなかった。要は曇っている時ばかりにフジをやっていて、晴れた条件下で十分に観察した経験がなかっただけと知った。

[記録]2020年6月24日(水) 同行者 なし

滋賀県長浜市 フジミドリシジミ 5♂

 

■ 6月28日(日) 滋賀県長浜市のヒサマツミドリシジミ

 4日前にフジを採集した長浜市のポイントへ、今度はヒサマツ狙いでやってきた。4日前のところで、「ヒサマツとフジの適期は意外と差がなく、どうやら1週間も違わない」と書いた。言うまでもなく、フジはポイントの尾根周辺のブナで発生しているのに対して、ヒサマツはもっと標高の低い谷で発生したものが上がってくると考えられるので、正確には同じ場所で発生が1週間も違わないということではない。発生場所の標高の違いも手伝って、結果的にポイントとなる尾根周辺での採集適期が数日しか違わないということだ。

 では、具体的に何日ぐらい違うのか。そのことを確かめるために、しつこくこの日もやってきた。来る前には、それは「4-5日」と予想していた(←ただのヤマカン)。6月24日のフジは採集した5♂とも多少のスレがあったので、今年は前日の23日が適期だったとして、そこから4日後の27日に来るつもりが、27日の朝起きると午後の天気予報が悪くなっていたので1日延期した。

 ポイントに着く少し前、道路沿いにクリがたくさん咲いているのが気になって車を停めた。ネットを準備しながらふと見ると、目の前のアスファルトの路上30cmくらいの高さを小ぶりなグリーンのゼフ2頭が卍飛翔している。まさか、こがヒサマツだったら卒倒するよね、とか思いながらすくったら、さすがに世の中そこまで甘くはなくてアイノだった。でも確かに2頭ともアイノにしては小ぶりに感じる。少しだけスレていた。初めて当地に来てヒサマツ14♂を採った時に、アイノ1♂1♀も採集している。だから「アイノのスレ=ヒサマツの適期」とかなんとか勝手に盛り上がって、いざポイントの尾根へ!

クリの花がまだほとんど咲いていない。
クリの花がまだほとんど咲いていない。

 ポイントに着くと、クリがまだほとんど咲いていない。はて、そういえばこのクリって、いつもは咲いていたっけ? なぜか全く記憶にない。これまでフジ狙いでフライングを繰り返していたので、クリの花穂も全然伸びてなくて気付きもしなかったのだろうか。だとしても、最初に当地を訪れてヒサマツ14♂を採集した2014年6月29日の時はどんなだったか気になるが、記憶にない。帰宅後、記録や写真データを調べたが、クリに関しては一切何も残っていなかった。

 結局、この日は昼少し前から午後4時半ごろまで粘ったが、ヒサマツは1♂のみ。少しだけスレていた。

 うーん、なぜだ?! 絶対、適期だと思ったのに。天気は雲が多めで曇り時々晴れといったところだったが、この時期としてはこの程度の天気は仕方ない。まだピーク前だったのだろうか? この疑問を晴らすためには、もう一度出直すしかない。しかし、翌29日は結構良い天気だったがさすがに連日繰り出す気にはなれずにパス。翌々日の30日は雨、1日も雨、2日も雨、そして3日も雨、雨、雨で、ずっと雨ばかりで行く機会を失った。   

 こうしてまだ相変わらず生煮えながら、これまでの結果から当地のヒサマツとフジについて私なりの理解をまとめると‥

(ヒサマツミドリ)

・適期は6月25日から30日ごろか?(ヒサマツの適期は不思議と全国一斉6月25日から30日で、7月に入るとどこもスレると聞いたことがある。)

・日照のある時のみ活動し曇るとほとんど飛ばない。

・活動は早いと正午ごろから始まり、終了時刻は不明。当地は地形の関係上、この時期は午後4時30分以降は高い梢にしか日が当たらなくなるので観察困難。

(フジミドリ)

・採集適期は6月20日から25日ごろか? 羽が弱く、すぐボロになる。

・曇っていても飛ぶがなかなか止まらない。晴れていたほうがよく止まる。 

・活動時間帯は天候によって大幅に左右され、早いと正午ごろから飛ぶ。通常は午後2時ごろから叩くと出るようになり、午後3時過ぎから活発に活動する。

 

[記録]2020年6月28日(日) 同行者 なし

滋賀県長浜市 ヒサマツミドリシジミ 1♂  アイノミドリシジミ 2♂