結婚25周年の記念に、グレートバリアリーフのコーラルケイ(珊瑚島)であるヘロン島行きを計画したが、日本を出発する前日になって島唯一の宿泊施設が火事を出したとの連絡を受け、急きょ行き先をケアンズに変更する。
ヘロン島でひたすらのんびりするはずが急に慌ただしくケアンズに向けて旅立ち、現地でも時間に追われてゆっくりはできなかったが、それでも十分ケアンズの旅を満喫して帰国した。
帰国後しばらくして、オーストラリアの旅行社から思いがけないメールが舞い込む。火事を出したヘロン島のリゾートからの、お詫びの意味を込めた無料招待の知らせだった。
こうして「結婚25周年記念のやり直し」という不思議な名目の旅に、2014年12月26日の早朝出発する。二年越しの夢であるヘロン島へ、今度こそ無事行けるだろうか。
出発前は仕事が超多忙で連日の深夜残業。さらに輪をかけて行きの便はナイトフライトで3-4時間しか寝かせてもらえなかったため、翌朝ブリスベンに着いた時には意識がもうろうとしていた。時差は1時間しかないのはずなに、まるで時差ボケみたいだ。そして、このことが重大なトラブルを誘発したかもしれない…。
到着初日はブリズベンで一日観光し、夕方の国内線でフェリーの発着場があるグラッドストーンへ移動して前泊する予定だった。
ブリスベンでは動物園へ行くつもりが、あいにくのザンザン降りの雨のため断念。とりあえず空港のコインロッカーにスーツケースを預け、エアトレインという名の各駅停車で街へと向かう。
オーストラリアという国は、実におうようというか、いい加減というか、私が見た限りでは駅には時刻表も路線図も料金表もそこらへんに見当たらず、仕方がないので窓口で「シティー」と叫んだら本当に “ City ” 行きの切符をくれた。でも “ City ” なんて駅はなかったぞ。
ゴールドコースト行きの列車内にも路線図は見当たらず(帰りの列車で見つけた)、どこで降りて良いか分からずキョトキョトしてしまったが、無事セントラル駅で下車して目的のクイーンストリートへと向う。
途中、見とれるほど美しいアーケードの商店街を見つけた。残念ながら高級品店ばかりのようだった。
クイーンストリートは歩行者天国になっており、街ぶらしたり買い物したりするにはうってつけの場所だ。どこかの街の時期と曜日と時間限定の模擬店みたいなホコ天と違い、街のシーンとしてしっかり根付いていた。なんてったって、道路の真ん中に常設のステージがあるぐらいだから、いまさら車は通せないわけだ。
しかし、この日はあいにくの雨のため、外ではゆっくりできる場所があまりなかった。帰りに土産を買う時間がないため着く早々土産を物色して、とにかく眠くて仕方なかったので、近くの博物館や美術館へ行く気もなく早めに空港へ戻った。
ここで、信じられないようなトラブルに遭遇する。コインロッカーを開けようとすると開かないのだ。開かないどころではない。タッチパネルを操作すると「暗証番号を入力しろ」というが、暗証番号なんて知らない。よく見ると、タッチパネルの左上にチケットの取り出し口がある。どうやら荷物を預けた時にここにチケットが出て、それに暗証番号が書かれていたらしいが、チケットを取った覚えがないのだ。これは、もしかすると大変なことになったかもしれない…。
ドキドキしながら連絡先に電話すると、しばらくして係の人が来て英語で何かまくし立てている。ほとんど聞き取れないが、どうやら次のようなことを言っているに違いなかった。
「どうしてチケットを取らなかったんだ。そこに暗証番号が書いてあるんだよ。誰かが暗証番号を見て荷物を持っていっちゃったかもしれないぜ。とにかくいまボスを呼んでやるから、しばらくここで待ってな。」
オー マイ ゴッ! スーツケースが無くなっていたらどうしよう。貴重品こそ入っていないが、これから始まる旅に必要な一切合切すべてのものがそこに入っているのだ。明朝からヘロン島へ向かうというのに、いま着ているもののほかは着替えの服はおろか替えの下着1枚もない。ヘロン島はちっぽけな島で宿泊施設が1軒ある以外何もない。水着やTシャツぐらいは売っていたとしても、それ以上のものは到底あると思えない。仮にも現地調達の海パンとTシャツだけで4泊5日の島の生活を凌いだとしても、帰りは乗り継ぎの関係で氷点下の仁川(韓国)で1泊しなければならないのだ。
オー マイ ゴッ! ―― この言葉は、こういう時のためにあると思った。
私 「もし、スーツケースが無くなっていたら、ヘロン島を1泊キャンセルして明日一日こちらで着替えを買ってから行こう」
雅恵「嫌だ」
私 「他に方法がないだろう」
雅恵「すぐにここでタクシーを拾って買いに行く」
私 「飛行機の時間から逆算して1時間半しかない。タクシーで街まで片道20分として、帰りは渋滞も考えると買い物出来る時間は正味30分しかないよ」
勝手の分からない外国で、ロクに英語の話せない二人がたった30分でテキパキと必要な物を買えたら神業だ。さっき街でコンビニに入ったが、日本のコンビニの4分の1ほどの規模しかなくて下着なんて売っていそうになかった。
雅恵「グラッドストーンへ行ってから買えない?」
私 「街に着くのは夜の8時だ。飲食店以外やっていないよ。それに、そもそも仁川で着る冬物なんて(真夏のオーストラリアで)きっと売ってないぞ」
雅恵「そうよ、そうだわ。私に合うサイズの服もきっと売ってないわ」
私 「そんなの子ども用で我慢しろ!」
こんな切羽詰ったやりとりを喧嘩腰でやってるところへ、小柄でしょぼくれた感じのじいさんがやってきた。どうやら「ボス」らしい。機械の前扉を開けてゴソゴソやって、何やら紙っ切れを取り出して手渡された。数字が印字してある。指示されるままにタッチパネル下のテンキーで数字を入力すると、ロックが解除できて扉が開いた。
あったー! そこに、何事もなかったかのようにスーツケースはあった。安堵のあまり、力が抜けてへたり込みそうだった。
しかし、ちょっと待てよ。何か違う気がする。これって、もしかして、ただの紙詰まりじゃねーのか。そもそも、チケットが紙詰まって出てなかったんだ。ということは、今朝我々が預けてからいまのいままで誰も使ってなかったってことか。脅かしやがって。寿命が縮まったじゃないか。少しは謝れよ。と、気付いたときには「ボス」の姿はもうなかった。
何はともあれ無事でよかった。もう少しで本物の修羅場となる一歩手前で、笑い話ですんだ。もし、ここで本当にスーツケースがなくなっていたら、いつか書くかもしれない「(続)僕たちの失敗 」で、間違いなく栄えある(?)第1位だろうな、なんてことはいまだから冗談で言えるけれど、このときは本当にチビりそうだったよ。
翌朝、グラッドストーンのホテルからタクシーでフェリー乗り場へ向かう。トラブルを経験すると、フェリー乗り場にたどり着いて無事に乗船手続きが済むまで安心できない。
車が走り始めてすぐ、赤信号で停まったと思ったら遮断機のような物が降りている。何だろうと思って見ていると、みるみる目の前の道路がせり上がって写真のような状態になった。川に掛かる跳ね橋で、船を通すためのものだった。歩いても10分と知らずにタクシーを呼んでしまったが、ここでこのまま15分待たされた。個人旅行をしているとこういうのも旅の楽しみのうちで、時間に余裕をもって出かけているし、こんな程度のことでは焦ったりイライラしたりしないのだ。ハハハ。
無事フェリー乗り場に到着し、チェックインも済ませた。これからいよいよ船に乗り込む。
‘’Heron Islander” の文字に、「これに乗ればヘロン島に行けるんだ」と、実感が湧いてくる。思えばここにたどり着くまでに、いろいろなことがあった。
高速艇が港を出て1時間もすると、振り返っても陸地が見えなくなった。360度見渡す限り水平線である。
やがて右前方の水平線がぼんやりとエメラルドグリーンに輝き始める。リーフ(珊瑚礁)だ。
港を出て2時間弱。前方にいよいよヘロン島が近づく。
島に近づくと心配になるほど海が浅く、桟橋の手前には座礁した難破船があった。かなり昔に座礁して、ずっと放置されているらしい。周りには珊瑚がいっぱい見える。
桟橋に船が近づくと、そこには私が夢に描いていた以上に、眩いばかりの光に包まれた南の小島があった。
上陸して振り返ると、桟橋の向こうに乗ってきた高速艇が見える。絵葉書の中の世界のような、夢のように美しい島へやって来たと感じた。
ヘロン島のリゾート施設はコテージ風の客室が森の中に散在しており、私たちの部屋は152号室。今日から4泊、ここで過ごす。
着いて早々、部屋を出てすぐのノースビーチへ行ってみる。ここにも息をのむような美しい景色が広がっていた。
ヘロン島は珊瑚の死骸が堆積して出来た島コーラルケイで、周囲をラグーンと呼ばれる浅瀬で囲まれている。エメラルドグリーンに輝くのは浅瀬のせいで、その向こうは急に深くなる外洋で、濃いブルーに色が変わっているのが分かる。
干潮のときには、はるか向こうまで膝下の浅瀬が続く。ラグーンと外洋の境目に白波が立っているのが見える。
ラグーンにはリーフ(珊瑚礁)が広がる。薄黒く見えているところがリーフで、リーフエッジは格好のダイビングスポットとなっていて、ここにダイビングボートが浮かぶ。
こちらは離水する水上飛行機。
来る日も来る日もシュノーケリング三昧のつもりが、ラグーンは浅すぎて満潮のときにしかシュノーケリングができない。そこで、干潮のときには浅瀬を歩いてみることに。
浅瀬に足を踏み入れるとすぐに目に付くのはナマコ。白地に黒い斑点があるのは、実は砂を被って身を隠しているだけで正体は真っ黒。
体長40‐50cm程もあるドデッとした黄色い巨大ナマコを発見。右は径30cm程のヒトデ。
珊瑚に同化するようにしてシャコ貝が暮らしている。一つひとつみんな色が違うのが面白い。左下の写真は2匹いるのがお分かりいただけるだろうか。
いろんな色や形をした珊瑚たち。
こちら、ドジョウの親玉かサンショウウオみたいなこの魚は、これでもサメの一種。ネコザメに近い種と思われる。体長50-60cm。
沖に行くにしたがってだんだん珊瑚が多くなって足の踏み場がなくなる。満潮時にこういう場所でシュノーケリングをすると、色とりどりの沢山の魚たちが珊瑚の周りを泳いでいるが、干潮時には珊瑚の下に隠れているのかほとんど姿を見ない。それに、人間も泳いでいると魚たちは逃げないのに、歩いていく気配には敏感ですぐに逃げてしまう。もし今度また行く機会があったら、今度こそ水中カメラを持っていこう。
それにしてもこれだけ珊瑚が多くなってくると、歩いてはもう先へは進めない。
振り返ると島が遠くに見えた。浅い海に空と島が映り、幻想的な風景を演出していた。