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ホームページを無料で作る(4)


■ 私がホームページを始めた理由(わけ)

 ここからは、これからホームページを始めようという人にとって何の役にも立たない与太話である。

 私がホームページを始めた動機はわりと不純なものだった。「ホームページで何をやりたい」というよりむしろ、「中身はともかくホームページを自分の手で作ってみたい」、それが動機だった。つまり、手段が目的と化していた。

  当時の私はNPOの人たちと一緒に仕事をする機会があって、一緒に仕事をしながら彼ら、彼女らの仕事ぶりを羨望の眼差しで見ていた。「嫉妬していた」と言ったほうが当たっているかもしれない。表現は適切でないが、NPOの人たちはNPO活動をやりたくてやっている。仕事だから仕方なくやっている私とは、そもそも志(こころざし)がまるで違った。

 そういう私自身も、好きな蝶のことなら「生き生きしている」と周りから言われることもある。だが私が好きでやっている蝶に関することと、NPOの人たちがやっていることとは根本的に何かが違った。そう、私のやっていることは、NPO活動のような社会性がない。そのことに気付いてからというもの、「何かを変えなければ」、そんな思いがふつふつとして私の中にあった。

 

■ Jimdoか、Joomla! か

 子育て支援活動をしている団体の代表の方と話をしていたある日のこと。団体といってもメンバー数名の任意団体で、代表の方は自身も子育て中という若くて素敵なお母さんだった。その団体のホームページがすこぶる出来栄えが良くて常々感心していたので、どこの業者に作ってもらったのか、費用はいくらかかったのか尋ねてみた。

「それ、私が作ったんです。だから作成費は無料です。運営費はサーバー代が月千円ほどですね」

「ええっー! すごいですね。お仕事でこういうことをしていらしたんですか?」

「いいえ、全然。何の知識もなかったんですけど、誰もやってくれないので、仕方なく泣きながらひとりで2か月ぐらいかけて作りました(笑)」

当時、私が担当していた行政のホームページの運営費予算が年間100万円以上とは、口が裂けても言えなかった。なんと自分は恵まれた環境で仕事をしていることか。屈託なく笑いながら話す彼女の言葉に、私はハッと目が覚めたような気がした。私の中で、確かに何かが覚醒した。

 NPOの人たちと一緒に仕事をしていく以上、彼ら、彼女らと同じ目線で物事を考えたい。常日頃からそう思っていた私は、自力でホームページを作るというのがどんなことなのか、自分で実際にやってみる決意を固めた(←そんな大げさなことじゃないって)。彼女から、「Joomla!(ジュームラ)」という無料アプリで作ったと聞かされた私は、休日に早速、自力でホームページを作成すべくあれこれとインターネットで調べ物を始めた。ところが、「ジュームラ」という名前がうろ覚えでどうしても見つからない。「ホームページ 無料」とかのキーワードで検索していくうちに、たまたま「Jimdo(ジンドゥー)」がヒットした。どこか違うような気もしたが、でも確かこんなような名前だった、と間違ったままJimdoで始めた。でも今思えば、Jimdoのほうが初心者にはきっと簡単だったし、何よりJoomua! だとサーバー代が必要だがJimdoは完全無料だ。入口を間違えたのはかえって幸運だったかもしれない。

 作り始めて間もなく、1か月後に40年ぶりの懐かしい中学校の学年同窓会があることを思い出した。よし、それまでに仕上げて、同窓会でQRコード付きの名刺をみんなに配って、

「オレ、自分のホームページやってんだ。ヒマなときに見といてよ」

なんて、うそぶいてやろうと思い立った。目標ができると、が然モチベーションが上がる。最初は泣きながら2-3か月かけて作るつもりだったのが、一気に1か月で完成させた。こうしてこのサイトの原型が出来上がったのだった。

 

■ 私がブログを始めた理由(わけ)

 せっかく作ったホームページだったが、1年経ってもアクセス数はほとんど伸びなかった。それどころか、早くも存続の危機を迎えていた。ホームページを作ること自体が目的と化していたので、めでたい事に立ち上げた時点で半分満足していたが、とはいえ、ある程度は更新しないとホームページの体(てい)をなさない。しかし、翌年4月に異動した新しい職場は半端ない忙しさで、週末には精根尽き果てて山へ採集に行くのが億劫になるほどの尋常ならざる状態だった。さらに9月になって秋風が吹くころには、いよいよ輪に輪をかけて先の見えない殺人的繁忙状態に陥っていた。平日は毎晩夜中の12時前後に疲れ果てて帰宅して、それから晩飯を食べ、風呂に入って寝るのは2時近く。週の終わりごろには満員の通勤バスの中で立ったまま意識がフッと飛んで、手からカバンを落としそうになる。土曜には、たまった仕事を少しでも片付けようと夢遊病者のように職場へ行って、気付けば「完全週休1日制」となっていた。結果として、この年度の超過勤務は1千時間に及んだ。

 そんなさなかにブログを立ち上げた。正気の沙汰でないと思うかもしれないが、正に逆転の発想である。ホームページを更新するには一定まとまった時間が必要だが、ブログなら週に2-3時間あれば週1回だけなら更新できる。そして、ホームページの中にブログを作り込めば、ブログを更新することであたかもホームページを更新しているような体になるのではないか。さらには、ブログでは蝶や昆虫以外のネタを積極的に扱うことで、他のネタで検索でブログにやって来た人がホームページも見てくれるかもしれない。つまり、ブログに「客引き」の役割をさせよう、そんなことまで思い描いてブログを始めた。

 

■ たったひとつの日曜日

 さて、ブログの効果や如何に。―― ブログの集客効果のほどは定かでないが、予想もしない効果があった。

 当時、のべつ幕なしで仕事に追われ、知らず知らずのうちに生活にメリハリを失い、全てにメリハリを失い、遂には自分を見失いそうになっていた。そんな追い詰められた精神状態の中で、たとえ週末のわずかな時間であっても、日ごろ自分が思っていることや自分自身のことについてブログの中で振り返る。週末のそのわずかな時間こそが、ふと我に返り、自分に向き合い、自分を取り戻す大切な時間となっていた。

 あのとき、もしブログにしがみついていなかったら、もがけばもがくほど蟻地獄の中へズルズルと足を滑らせるようにして、いつしか深い深い「心の病」という名の淵に溺れ沈んでいたかもしれない。浜田省吾の歌の文句じゃないけれど、ただ週末の僅かな自分との時を、つなぎ合わせて私は生きていた‥。

(おわり)

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コメント: 1
  • #1

    永遠の昆虫少年(本人) (日曜日, 18 11月 2018 15:01)

    たかがホームページやブログで、これだけ人生を語るヤツもいないよね。